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宛名のない手紙

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#コラム

ロマンチックが離さない

改札をくぐって右、「右側通行にご協力ください」、地上へ出て右へまっすぐ。坂をのぼっていくほど気持ちが高鳴るのは、この坂のせい?それとも、今から行くお気に入りの店が、わたしのすきな“右” をくり返して、やっぱり右側に見えることが分かっているからだろうか。 右が好き、というとほとんどのひとが不思議そうな顔をする。右側に好きなひとをみながら歩くのが好き、というとさらに不思議そうな顔をする。理由なんてない。落ち着く、ただそれだけのこと。 でも多分、本当は理由があるんだとも思う。大

いってらっしゃい、いってきます。突き抜けるほど晴れた日に

いつも通ったコンビニが行きつけじゃなくなる瞬間も、何度も歩いた線路沿いも。日常が、日常じゃなくなる瞬間は突然だ。 バイトに明け暮れた日も、落ち込んで帰った日も、足を運んでしまう場所があった。 わたしの家の玄関を過ぎた先、自分の部屋を過ぎてそこに帰った日は、もう数え切れない。 彼女なしに、この日々を語ることはできない。わたしより、わたしを知ろうとしてくれた。わたしが喜びすぎると現実に引き戻してくれて、冷静でいすぎると感情の渦へと連れ出してくれたひと。 夏の日の

いつか、なんて言わない

ベッドから起き上がることもなくカーテンを開けて、光を部屋に入れる。おいで、こっちへ。今日も光に寄せて、宛名のない手紙を一枚。 運命なんてない、人生は選択の連続で、今はその結果だと友人は言った。否定する気はない。でもわたしは、すくなからず運命はあると思う、と言いたい。運命のひとの話をしているわけじゃない。ただ、そう言い聞かせないと乗り切れない出来事ってあるんだということ。 わたしが傷ついて立ち直れないとき、それでも責める気力のないわたしの代わりに、わたし以上に怒ってくれたひ

あなたにも、忘れられないひとがいるんでしょう

「あの日から、進んだつもりでいた。でも、なにも変わっていなかった」 のこりのカクテルを飲み干して、彼女は続けた。 どれだけ私が幸せになっても、今私が幸せだとしても、彼のことを完全に忘れる日は来ないかもしれない。むしろ来てほしくない気もする。あんなにひどいことをされて、もう嫌いになってもいいはずなのに。 一年も会わないうちに、彼女は私の知らない服をきて、知らない顔を持っていた。綺麗に施されたメイクが新しい彼女を際立たせていて、不思議な気持ちになった。 そういえば今日、イ

姫毛が揺れる、それが魔法にかかる合図。

思い返せば私が魔法にかかってしまったのは、多分もう7年は前の、あの日だったと思う。姫毛が大胆に揺れる小さな顔に華奢な体、少し大きい制服を身に纏って彼女が言った言葉を、私は忘れたことがない。 私の “大丈夫” には理由がある。 ────── あの日私は、あなたを見て思っていた。私はこの子と絶対に分かり合えないと。あまりにも背筋を伸ばして立つあなたに嫉妬をしていたんだと、今では思う。何か選択をするとしたら、どうしても少数派というものが生まれてしまう。あなたは迷わずそれを選ん

きみはなんにでもなれるよ、ぜったい。

私だけの、ってなんだろう。久しぶりに手紙を書きたくなって、言いたいことを口でうまくいえない私だから、宛名のない手紙として、でもこっそり誰かにあてて、何通かしたためてみた。 ────── あのね、 大丈夫といわれても「なにが?」と聞きたくなる私たちだと思うので、一度だけ、それを残しておこうと思う。 きみは、だれよりも「聞く力」がある。心地よい頷きと、乱れてしまった会話のリズムを整える力がある。 聞く力があると、なにが大丈夫なのか。 聞く力があると、たくさんの物語に