
2021年を映画でふりかえり
まだ2021年は終わっていませんが、今年初めて見た映画の中から特に印象に残った10作品を選んでみました。特に今年公開された作品という訳ではありません。今年見たというだけです。過去にすでに観たことのある作品は除外して個人的にフレッシュな顔ぶれを並べました。
10 『It Follows』 (2014) デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督
普段ホラー映画は避けているのですが、これは新感覚なホラー!初めてホラー映画を好きになりました。めちゃくちゃ怖いのです。でもホラーが苦手な人でも見られるタイプのホラーだと思います。
とにかく音楽で煽られて、何かあるシーンよりも何も起こらないシーンの方がよっぽど怖いという斬新さ。”It”とはなんなのか?全然わからない!なのに面白い。非常に吸引力のある作品です。見終わってすぐに町山さんの解説を聞きました。町山さんの解説と合わせて解読するのがおすすめです。ホラー映画とはメタファーがてんこ盛りで読み込むと深いものだとは知りませんでした。人生に共通の恐怖を物語へと昇華させる力量に脱帽です。
ちなみにホラーがどうしても苦手な方には、同監督の『アンダー・ザ・シルバーレイク』をぜひ!

9 『ベティ・ブルー』 (1986) ジャン・ジャック・べネックス監督
いかにもフランス人らしいアイロニーの効いた会話のやりとりが軽快だと微笑んでいたら、どんどん物語の世界に引き摺り込まれて行きました。
主演2人のキャスティングが完璧。他の誰にも演じることができなかったでしょう。ベティの美しい笑顔と精神が崩れていく様子、突然爆発する感情、でも激情の中に時折訪れる純真なまでに無常な優しさ、でもその一途さは時に常軌を逸し、恐ろしい。そのリアルさ。べアトリス・ダルは演じてるんじゃなくて本当にベティ自身を生きているのではと圧倒される。
そしてそんなベティにどうしようもなく惹かれていくゾルグ。映画の中に出てくる、極端な性格の人物や精神が崩壊していく人物とのカップルを見ていると、なんで別れないの?その人絶対にあなたに合わない人でしょ?とか、ツッコミを入れたくなって感情移入できないことが頻繁にあります。特に一方が他方に虐げられているような関係性が苦手です。例えばフェデリコ・フェリーニ監督の『道』。ジェルソミーナはなんでザンパノに着いて行くのか。陽気な旅芸人に着いて行ったらよかったのに!十年以上前に見た作品ですがまさに好きじゃない人間関係の典型で今でも大変印象に残っています。
でも『ベティ・ブルー』にはこれ以外に考えようのないふたりの関係の絶対性が見事に描かれていて、そこが美しいです。ベティはとんでもないけれど、でも魅力がある。そこに打ち込まずにはいられないゾルグの気持ちが分かる。それに決してゾルグがベティへの愛に虐げられている訳ではなくて、2人は対等な関係を築くところが好きです。
それ以外にも見所はたくさん。青と黄色にこだわった光の使い方や、インテリアの美しさ、音楽も魅力的。生きている間にぜひ一度は観ておいて損のない作品です。
世の中には生まれながらにしてこの社会に広く認められたタイプの”普通”の幸せにはなれない人たちがいるんだろうかと考えさせられました。

ちなみに私の感想よりも、こちらの記事の方が断然面白くてタメになります!
8 『犬神家の一族』 (1976) 市川崑監督
今日では珍しい非常によく練られた、骨太でしっかりとした作品でした。物語に綻びもなく、複雑でありながらもきちんと整合性の取れた人間関係、モダンで予想外の展開、古い映画だからと侮れません。映画における脚本の重要性を改めて教えられるような作品です。音楽も非常にセンスが良い!安心して見ることのできる名作と言えるでしょう。

7 『うなぎ』 (1997) 今村昌平監督
ただただ人間を描いているだけで、教義を押し付けてこようとか、善悪を教え込もうとかしてこない、ドライな距離感がとても心地よく、なんてことが起こる訳でもないのにじんわりとした後味の残る作品です。ただなんとなく時間が過ぎて、終わるとすぐに忘れてしまうような映画も多い中、映画を一本見た、という重さがじんわりと身体に残るような、良い映画でした。

6 『裏切りのサーカス』 (2001) トーマス・アルフレッドソン監督
原作者ジョン・ル・カレがMI6出身というのも納得の心理戦と裏切りの応酬。派手なアクションは一切ないのに予想を裏切る展開に手に汗握る。スパイ映画はもうこれ一本でいいのでは?と思わされる大作です。ミッションインポッシブルシリーズや007シリーズも大好きなのですが、両家の、ツッコミどころ満載、お決まりのご都合主義を楽しむ脚本とは比べものにならない、綿密に練られた脚本が素晴らしい一本です。
多くの映画で大体主人公と敵のボスが超有名俳優、だからすぐに誰が敵のボスなのかわかってしまいます。しかし今作は超有名俳優のオンパレード。最後まで誰が黒幕かわからない緊張感も堪りませんし、キャスティングに誠意を感じます。

5 『初恋』 (2019)または『DEAD OR ALIVE』 (1999)
三池崇史監督
今まで三池監督の作品をおすすめされても、どうせB級スプラッター映画でしょと決めつけて、観てきませんでした。ところがたまたまapple tvで最新作『初恋』が配信されているのを発見。これがもうめっぽう面白かった。邦画を見直しました。今の日本にこんな面白い映画を撮る人いたんだと嬉しくなりました。
日本の映画やテレビドラマで話題になっているものはちょこちょこ見ています。でもどうも日本独特の演技方法が私の好みには合わないのか、演技臭くて入り込めない事が続いていました。ところが今作は珍しく役者の演技にハマって好きになってしまった作品です。染谷将太と窪田正孝が上手い!ちょっとした話し方や仕草の細部にキャラの性格が滲み出ている。ぶっ飛んだキャラクターが多いのに、下手くそなやりすぎ感で笑わせてくるのではなく、自然な巧さで笑わせてくれるので素直に見れる。
そしてベッキー!ベッキーに似た役者さんだなあと思っていたら、ベッキーでした。ベッキーは今までバラエティ番組でベッキー役を演じているところしか見たことがなく、こんなにも弾けた役になれる幅の広い人だとは思っても見ませんでした。この作品を見るとちょっとベッキーのことが好きになります。
ヤクザx流血x恋愛映画と、トンデモ感満載なのですが、感情表現の乏しい主人公男性が女の子と出会って感情が生まれ、お互いに生きる力を取り戻す物語と読むと映画版『ドライブマイカー』に通じるテーマの作品に見えました。笑える作品や自然な演技が好きな人には『初恋』の方をおすすめします。こっちの世界観の方に救われる人もいるだろうなと思います。
続けて最近加入したmubiで『DEAD OR ALIVE』を発見。三池崇史監督の世界観にすっかりハマってしまいました。これこそネタバレ厳禁映画。久しぶりに映画に度肝を抜かれる体験ができ、爽快です。見たことないものが見たいのです。お体裁が良いだけの作品に辟易している方、ぜひ。こんなエンディング想像できる人、誰もいないでしょう。
普段あまり残虐でグロテスクな映画は観ません。『ホット・ファズ』みたいな笑えるスプラッターはいいけれど、特に苦手なのがただの客寄せ、見せ物みたいに使われる残虐さ。だから『イカゲーム』も1話目でリタイアしてしまいました。『DEAD OR ALIVE』はまた違った意味でかなりグロテスクだし、えげつない。でもそこには人間の中に確かに存在している一面を描くための必要性を感じます。だから面白い。見る人を選ぶ作品ですが、かなりおすすめです。
ちなみにフランスのapple tvで見た『初恋』の広告はこちらのタイプ。日本版の広告も探して見てみました。日本版の画像だったら絶対にクリックしなかっただろうなと思います。日本版は俳優推しで可愛らしい雰囲気。海外版は三池監督の良い意味での悪趣味さ推し。広告のイメージで作品の届く層が変わるのだなと、イメージの重要性を考えさせられました。


"フツーに生きたいなら、このクライマックスは知らないほうがいい"という煽り文句に負けない作品です!
4 『鵞鳥湖の夜』 (2019)または『薄氷の殺人』 (2014)
ディアオ・イーナン監督
ついつい古い名作映画に惹かれがちなのですが、久しぶりに2010年以降の作品を見て、この監督の作品を全部見たい!と思わせてくれる出会いでした。どちらの映画も、ハッとするような美しい構図、ダイナミックな撮り方や色彩が圧倒的にかっこよくて惚れ惚れとしてしまいます。80年代のフランス映画が好きなのですが、あの時代のお洒落さと疾走感を彷彿とさせながらも、現代にアップデートされた感覚が新鮮。中国の猥雑さは見ていてヒリヒリと痛みを感じほどエネルギッシュで胡散臭くて、暴力的で、ギラギラしたネオンにどうしようもなく魅了されます。


3 『エレファント』 (2003) ガス・ヴァン・サント監督
アメリカで起きた高校銃乱射事件に影響を受けた作品ということで、何が起こるのかは分かっているのですが、重い題材に反するような軽やかで実験的な撮り方をされているのが意外でありながら、素晴らしく成功しています。事件に至るまでの高校生たちのありふれた一日が交差するような撮影方法と編集が驚くほど秀逸かつ効果的です。こういう撮り方はすでに他の作品にあったのでしょうか、それともガス・ヴァン・サント監督が編み出した手法なのでしょうか。
特別ひとりの登場人物に感情移入させることのない距離感を保ちつつ、でも僅か数分のエピソードで犯人も含めそれぞれのキャラクターや立ち位置がしっかり伝わる巧さ。
犯人の行動を既成概念で解釈して理由付けするような作品は多いのですが、本作はそんなチープさや嘘っぽい劇的な演出もせず、淡々と長回しでそれぞれの姿を追っているだけなところに監督の凄みを感じました。
凶悪な事件が起きたとき、ニュースを見ていると、いじめられていたからとか、家庭に問題があったからとか、わかりやすい理由をつけて安心させようとしてきます。でもそんなふうに、自分には関係ないと思いたい心理を利用されるのは危険なのではないでしょうか。周りにいる同じような境遇の人を勝手に危険視してしまう可能性もあります。なんでそんなことをしたのかは、その人にしかわからないし、理由やきっかけは明確に一つに絞れるようなものではないでしょう。それにもしかしたら本人にだってわからないものかもしれません。だからこそ、自分だって犯人と全く違うとは言い切れない、かもしれない。そういう想像力を残しておくことが大事なのではと考えさせられる作品でした。

2 『My dinner with Andre』 (1981) ルイ・マル監督
演劇界で働く友人ふたりがレストランでひたすら108分間会話するだけという、今日においても、また1981年公開ということを考えても、かなり挑戦的でラディカルな作品と言えるでしょう。そしてこの会話劇がめっぽう面白い。時代が変わっても世の中への危惧は変わらない普遍さに驚きます。
一方が最新の電気毛布のおかげで生活が一変したと喜ぶと、他方がテクノロジーによって人間性や感覚が奪われる危険性に警鐘を鳴らします。テクノロジーによって我々は会話を失い、温め合うという原初的な喜びを捨てたのか?でも便利で快適なものがあるのにどうして使ってはいけないのか?わざわざ苦労することが人間性なのか?
誰もがこの街を離れたいと言いながら、結局離れられないでいるのが世の常。しかしニューヨークを離れて世界を旅してきたアンドレは、大都会を離れ、旅をしたり瞑想したり、自然へ返ることの重要性を説きます。するとウォーレスは大都会で疲弊しながら、でも朝の一杯のコーヒーが美味しいということに幸せを感じることは本当ではないのかと問う。
どちらも正しいと思う。そして2021年の今でも我々は同じような議論を繰り返しているのではないでしょうか。どちらの見解にも理があり、お互いに率直な意見を述べられ、掘り下げる会話ができる友がいるというのが素晴らしいなと思いました。ふたりとも演劇人なのですが、ひとりは若く、職探しに苦労する身。もう一方はすでに業界で大成功を納めた師匠のような存在。同じ業界にいて、どちらも見識が深く知的です。でも経済面やキャリア、年齢では対照的な立場にある。そういうふたりが会話するという構成も上手いです。ただし日本では未公開のようで、日本語字幕は見つかりませんでした。息つく暇もない熱いインテリの議論の応酬を英語で聴きながらフランス語字幕を追うのは、私の力量ではヘトヘト。掴みきれてない部分も多々あると思います。でも非常に聞き応えのある会話で、映画としても面白い作品です!いつか日本語字幕つけてほしいなあ!

1 『未知への飛行』 (1964) シドニー・ルメット監督
これぞ、映画!圧倒的な体験でした。シドニー・ルメット監督は本当に凄い。良い映画とは何かと聞かれたら、こういう映画です、と答えます。本作を見ずには映画好きを名乗れない、超名作です。間違いなく面白い作品を見たいなあというときにぜひ。
同監督の『12人の怒れる男』も全人類必見の作品です。古い映画はなあ、もうちょっとポップな作品がいいよなあという方は『その土曜日、7時58分』から入られるのがおすすめです。シドニー・ルメット監督の遺作ながら、84歳で撮られたとは思えない、無駄のない円熟した作品でありながら若々しいエネルギーに溢れた間違いのない一本です。
10選には入らなかったけれど、他にも特に印象に残った作品は、『ASPHALTE』『les garçons sauvages』『シングルマン』『ホドロフスキーのDUNE』『ギャラクシー・クエスト』『アートスクールコンフィデンシャル』などなど。
映画メモを確認すると、昨日でちょうど今年100本目の映画を見たようです。今年はロックダウンの影響で映画館が休業している期間が長く、あまり劇場で作品を見ることができませんでした。来年はいっぱい映画館に行きたいな。
今年はすでに仕事納めしたので、年末にかけてまだまだたくさん映画を観ようと思っています。
2022年も面白い作品にたくさん出会える年になりますように!