連載小説「オボステルラ」 15話「鳥が来て」3
今回、鳥は村中を飛び回ったようだった。
ゴナンが泉の横で動けずにいると、村人が何人か慌ててやってきた。男性がゴナンに尋ねる。
「あ、お前はユーイさんのところの…。こっちには鳥は来たか?」
「…ああ、来たよ…。この泉で、水を飲んでいた…」
「そうか…。俺も見たよ、みんな見た、外にいる者はみんな見てしまった…。また、不幸が訪れるかもしれない…」
そう言って膝をつく男性。ゴナンはその様子を、少し冷めた目線で見ていた。
「前回は見た人は少なかったが、今回はたくさんの人が見た。もっとひどいことになるかもしれない…。もう終わりだ…」
あああ、と落胆に暮れる村人達を後にして、ゴナンも自分の家の方へと戻り始めた。今日はもう、作業どころではなさそうだ。それよりも、リカルドと、最後に少しでも、話をしたい…。
家に帰り着くと、何かと騒がしかった。鳥を見たこと、そしてリカルドが急に旅立つことについて、家族全員が集まり話しているのだ。
「…ゴナン、よかった。リカルドさんがもう出るって」
アドルフがホッとした様子で、ゴナンの方に来た。ゴナンのハンモックの近くにずっと張ってあったテントは、もうない。リカルドは、あのたくさんの荷物をバックパックにまとめてしまっている。
「ゴナン」
リカルドがひざまずいて、ゴナンに声をかける。
「ゴナン、急にごめんね。もう、行くよ」
「…うん、いいよ…。わかってる…」
そう言ってゴナンは、うつむいてしまい、次の言葉を継げなくなってしまった。その表情を見て、リカルドの胸がギュッと痛む。
「ゴナン…。自分が好きなこととか、欲しいものとか、やりたいことを、見つけなよ。自分が、だよ。『どうでもいい』とか『みんなに任せる』なんて言わないでね。何でもいいんだ。君はもっとワガママに生きていい。それが、この過酷な環境でも生きぬける、君の力になるから」
「……うん」
「ゴナン、またきっと来るから。また会えるよ」
そう言ってリカルドは、ゴナンの頭をそうっと撫でた。バンダナの上の柔らかい金髪に、リカルドの大きな手が埋まる。
(もっといてほしい、もっといろんな話を聞きたかった、せめて水路が完成するまでいてくれないのか、いろいろ教えてくれて、ありがとう)
伝えたい思いは溢れるほどにあるのに、ゴナンの口から言葉がなかなか出せない。ただ、無言で頷くだけだった。
「…リカルドさん、お世話になりました」
兄たちが次々に、リカルドと握手を交わす。
「急な出立ですみません…。水や食料の補充を、ありがとうございます。泉と水路の必要なことは、アドルフさんに引き継いでいますので…」
「ええ、助かります」
「次の街に着いたら、この村の状況を伝えて、何とか支援が届けられるようにお願いをしてみます」
そう話すリカルドに、ミィが泣きながら抱きついてきた。
「ミィも着いていきたい…! ミィも行く!」
「ダメだよ、ミィちゃんのお家はここじゃないか。僕には家がないから、また外に行くんだよ」
「だったら、ここをリカルドのお家にすればいいじゃない!」
そう言って泣いてしまった。ゴナンもミィのように、素直に気持ちを言ってしまえればどんなにいいだろうか。
「ほら、ミィ、離れて」
そういってユーイが、少し寂しそうにリカルドを見上げた。
「こういう学者さんは、すぐ飛び出して行ってしまうものなのよ」
亡き夫の面影を、リカルドに見ているのかもしれない。そしてクスッと笑って、我が子を送り出すかのように、優しくリカルドの頬を撫でた。
「リカルドさん、上ばかり追いかけすぎないで、時には足元もしっかり見てくださいね。…お気をつけて」
「…ええ、ありがとうございます」
ユーイに頭を下げ、最後にもう一度、無言のままうつむくゴナンの頭を撫でて、リカルドは家を後にした。たくさんの旅の荷物を背負った大きな背中が、すぐに小さくなっていく。
(行っちゃった…)
朝は普通に、テントもあって、ここでのんびりしゃべっていたのに、こんなにあっさり。また、“元の生活”が来る。ゴナンは、リカルドのテントの跡をじっと眺めていた。
それから2ヵ月後。
ゴナンはまた、あの川のほとりにいた。ぐったりと倒れて、1人、体を動かせずにいた。
↓次の話
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