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連載小説「オボステルラ」 【第二章】58話「その旅路の向こうには」(5)


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第二章の登場人物



 「ミリア、足元気をつけて」

そう声をかけながら、昨晩、リカルドと話をした丘へとミリアの手を引き連れてきたゴナン。ライトを消すと、丘の中腹で昨日と同じように、暗闇の中でミルクゲートの石粒がキラキラと光り輝いている。

「わあ……、素敵ね!」

ミリアは小走りでその光の方へ向かった。そのままうずくまり、光の粒を手ですくう。

「小石が光ってる。不思議」

「太陽の光をため込む石なんだって。あの卵、この石で作られたニセモノで、ヒマワリが怒って粉々に砕いた」

「まあ、ふふっ」

ヒマワリにひどい目に遭わされたはずだが、ミリアは気にしている様子もなく面白そうに笑っている。ゴナンは岩の上に布を敷いて、ミリアに座るよう促した。自分もその隣に座る。

「ふふ、光の中に座っているわ。それに、街の光もキレイ。星空も」

「うん…。でもやっぱり、街がまぶしくて、星の数が少ないな、ここは」

そう言って空を見上げるゴナン。それでもすぐに目に届く真っ赤な彼方星が、ことさらにその光の強さを強調している。

「ゴナンの村では、もっと星がたくさん見えたの?」

「うん。夜は真っ暗だから。こんな照明の機械なんてなかったし、世の中にこういうのがあることも知らなかったし…」

「そう…」

ゴナンは彼方星を見上げ、ミリアは街の明かりを眺めて、ぼんやりと無言の2人。




「もうすぐ、次の街へ出発ね」

少しして、ミリアがそう切り出した。ゴナンはうん、と頷く。

「わたくし、リカルドに無理矢理話を通してしまったけど、あなたに申し訳ないことをしたと思っているの。彼との旅を、あなたがとても楽しみにしているって、先ほど聞こえて…」

「え? ああ、そうだけど、別に、何人一緒でも変わらないよ」

「それなら、いいのだけれど……」

「……それに、ミリアは巨大鳥と卵を追うべき人だから。俺なんかよりも」
彼方星を見上げたまま、ゴナンはそう呟く。ミリアはゴナンを見て、首を傾げた。

「どうして? わたくしが王女だから?」

「それもあるけど…。俺は、ただ村から逃げ出してきた人間だし…。巨大鳥と卵なんて結局、ただの言い訳なんだよ」

「……」

水も食べ物もない、枯れ果てた村からやってきたゴナン。飢えて衰弱死する寸前だったとリカルドから聞いている。ミリアはゴナンの横顔を見上げた。

「……そうかしら……?」

「……?」

「だって、あなたの村で起こったことの何一つ、あなたのせいで起こったことではないじゃない」

「……」

ゴナンはハッとした顔で、ミリアの方を向いた。ミリアは続ける。

「…逃げてしまった、ではなく、逃げることができた、と思うべきだわ。逃げてしまった負い目を晴らす、ではなくて、今の自分の状況を良い方向に生かす、って思うべき。あなたが何かに負い目を感じる必要なんて、これっぽっちもないように思うのだけれど…」

「……」

ゴナンはミリアを凝視しながら、その言葉を聞いていた。

「でも、それだと…。本当に、俺が旅に出る意味がなくなってしまう」

「リカルドと一緒に旅をしたい。それを実現できるというだけでも、大きな意味があるのではないかしら? それでもし卵が手に入って願い事を叶えられるのなら、そのときのあなたの心に従えばいいと思うわ。そもそも、人は誰にだって、幸せになりたいと思って行動する権利はあるのだから」

「……」

その状況で行くと、卵を取り合うライバルにもなりかねないのに、ミリアはそうゴナンを励ます。ゴナンはまた、じっとミリアを見つめている。

「そんなこと、いいのかな……」

「良いも悪いもないわ、あなたはそうするしかないと思うの。そうでないと、もったいないわ。だって、どうせ、後戻りはできないのよ」

そうハキハキと言った後、はっと口を押さえるミリア。

「……ごめんなさい。少し偉そうだったわね」
「偉そうも何も、王女様だろ?」
「……いいえ、わたくしは、王女であることは許されないから……」
「……」

ずっとミリアが口にし続けている、その言葉。

「どうして? 周りに不幸が起こるなんて気のせいだよ。別に俺にも、何にも悪いこと起こってないし。それこそミリアが負い目を感じる必要のないことじゃないの?」

「……いいえ、だめなの、それだけではないの……」

そう口にして、ミリアは黙ってしまった。これ以上は自分の事を話してはくれなさそうだ。王族ともなれば、一般の市民には話せないことも多いのかもしれない。辛そうな表情を見せるミリアに、これ以上の深追いは避けようと考え、ゴナンもまた無言になる。

(後戻りはできない…、…良い方向に生かす……。卵が見つかったら、俺の心に従う…)

 昨日聞いたリカルドの話と相まって、ゴナンの思考はさらにグルグルとしていた。ただ、ミリアからかけられた言葉の数々に、今まで心の奥底に沈んでいた、もしくは押さえ込まれていた何かが浮かび上がって、燃え始めて、ゴナンの体や脳を動かし始めたような感覚を、感じていた。

ゴナンはバッと立ち上がって、ミリアを見る。

「……? ゴナン」

「……あ、何でもない…」

驚いたミリアにそう言って、ゴナンはまた腰掛ける。

(もし、卵を手に入れられたら、そのとき俺の心に浮かぶのは、やっぱり村のことかもしれないし、でも、リカルドのことかもしれないし、もしかしたらミリアのことかもしれない…、それとも、もっと他の…)

急に、自分の思考がスッキリと一直線に、前に向かうのを感じたゴナン。

(それで、いいかもしれない…。俺は、自分には何もないから、卵を、そのとき自分が大切に思う何かのために生かす。それが何かは、まだ決まってなくったっていい。でも、そのために俺は、旅に出る…)

ゴナンは目に輝きを灯して、また彼方星を見上げた。が、赤い星の姿はどこにも見えない。

「……あれ?」

よく見ると、星が一つも見えない。いつの間にか雲が覆ってきているのだ。そういえば、さっきから湿気の匂いもしている。

「ミリア、また雨が降りそう。もう帰ろう」
「え、そうなの?」

そう言って2人が立ち上がったとたん、ポツポツと雨が降り始める。ゴナンはライトをミリアに持たせると、体を自分の方に寄せて、先ほどまで岩に敷いていた布を2人の頭上に掲げた。

「これでもないよりマシかな。濡れちゃうから、急ごう」
「……ええ……」

途端に雨は強くなり、この前と同じようなザアザア降りになる。小走りで店へと戻る道中、ミリアはまた、落ち込んだ表情になった。

(…せっかくゴナンが素敵な場所に連れてきてくれたのに、また、わたくしの不運の星が…)

「あぁ、いいなあ」

と、横でゴナンがうらやましそうに雨を見ている。

「何度もこんなに雨が降って、うらやましいな、この街。北の村でも降ればいいのに…」

「……」

じっとゴナンを見るミリア。

「何?」
「いいえ、そうね。わたくしが北の村に行けば、わたくしの不運の星の影響で雨が降るかしら」

「そうなれば、不運の星じゃなくて幸運の星だな」

そう言って、また前を向き帰り道を急ぐ。2人包む雨は、今日もまた温かかった。


↓次回、第二章最終話です。



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