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【読書ノート】横田耕一(2014)『自民党改憲草案を読む』_#01
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1 「民意の反映」を理由とする改憲手続の緩和は妥当か
衆参選挙での自民党の圧勝
2012年の衆議院選挙で、自主憲法制定を結党目的の一つとする自民党が圧勝した。
これに改憲派の野党議員を加えて改憲の気運は一気に高まった。
維新の会、みんなの党、民主党の一部
2013年夏の参議院選挙でも自民党が勝利。
この結果、改憲派が憲法改正の発議に必要な各議院の2/3以上に迫るとともに、安倍首相は改憲に意欲的で、改憲問題は山場を迎えている。
改憲手続を定めた「国民投票法」は既に2010年に施行し、
同法に基づく「憲法審査会」も各議院で始動している。
そのため、改憲派の意図する改憲内容を知り検討することは、いまや喫緊の課題である。
そこで、諸政党・諸団体から提示されている改憲案のうち、その中軸となる自民党の『日本国憲法改正草案』(2012年4月27日発表)を読んでいく。
改憲手続の緩和を目指す自民党
自民党がこれまで改憲に成功しなかった理由に、憲法96条の存在があった。
改憲案の国会の発議に各議院の総議員の2/3以上の賛成を要件としている。
『案』ではこの要件が「2/3以上」から「過半数」に緩和されている。
そして、安倍自民党はいま、維新の会などの賛成を得て、この条項のみを先行させようとしている。
9条など異論の強い争点を回避できるだけでなく、
後述する「民意が反映されていない」と理由づけで国民の目をくらますことができる。
一旦この改定に成功すれば、緩和された要件に基づいて『案』の諸内容を引き続きどんどん実現することが可能となる。
自民党が、改憲発議の要件を緩和をすべきとする理由は次の通りである。
日本国憲法の改正手続は世界的に見て極めて厳しく、
このために憲法の改正が難しくなっている。
よって、憲法が民意を反映しなくなっている。
日本国憲法の改正手続は本当に「厳しすぎる」のか
憲法典を持たない英国などを除き、各国における憲法改正手続は、憲法が国家の最高法規であることから、法律を改正するよりも何ほどか困難な手続を要求している。
この種の憲法を「硬性憲法」と呼ぶ。
さればといって、あまりに難しい手続を要求すると、
民意を反映しないばかりか、
憲法軽視の風潮(憲法の形骸化)を生み出す。
したがって、硬すぎる憲法は確かに妥当ではない。
しかし、現憲法は、改憲派の主張するように不当に硬いものなのか。
例えば、米国の連邦憲法の改正には、
両議院の2/3による発議の後、
3/4の州の承認が必要である。
この手続は日本国憲法と同等かそれ以上の硬さであるが、ここ65年間だけでも6回の改正が行われている。
このように、日本国憲法の改正手続は世界的に見て特段厳しいわけではなく、また両議院の2/3以上の賛成獲得も決して不可能ではない。
日本でこれまで改憲が行われて来なかったのは、その必要性を国民が認めなかっただけの話である。
また、他国が改憲を繰り返しているからといって、日本も改正すべきとはいえない。
不必要な改正はしなくてもよいので。
「民意の反映」を理由に改憲手続を緩和すること
「民意の反映」を手続要件の緩和理由とするのは、もっと問題である。
「立憲主義憲法」は、人権の保障を基本理念としている。
立憲主義(constitutionalism):「政治権力の専制化や政治の恣意的支配を憲法や法律あるいは民主的な政治制度の確立などによって防止・制限・抑制しようとする思想原理」(日本大百科全書)
人権の中核を占める「個人の自由」、とりわけ「信教の自由」などの「精神的自由」は多数によっても侵してはならない権利である。
人権尊重の見地からは、多数決(狭義の「民主主義」)の結果も制限を受ける。
法律が憲法に違反する場合は無効とされる。
ましてや、時々に示される民意によって人権保障を目的とする憲法が改正されてはならない。
『案』による「各議院の過半数」も時々の民意(直近の選挙結果)に他ならない。
法律に示されるレベルの民意(過半数)で、より恒久的な民意を変えるべきではない。
民主主義と人権(自由)保障
「民主主義」という言葉は多義的である。
「人権尊重主義」をも含むものだと理解するのが一般的であるが、
一部の政治家は「多数決主義」という意味で用い、「民意を尊重することこそ民主主義」であると主張している。
「人権尊重主義」はその意味での「民主主義」(多数決主義)とは、ある場合には対立する概念である。
「全ての個人は不可侵の人権を持ち、多数といえどもこれを侵害することは許されない」というのが「人権尊重主義」。
100人中99人が仏教徒で、1人がキリスト教徒であるとき、仏教徒が多数派だからといって1人のキリスト教徒の信仰を侵したり改宗を強要したりしてはならない。
現在の日本をはじめとする「広義の民主主義」国家は、「狭義の民主主義」(多数決主義)に加えて「人権」とりわけ「自由」を尊重する「自由民主主義国家」である。
そこでは「民意」は絶対ではない。
法律は民意を反映した国家によって制定されたものであるが、憲法に違反する場合には裁判所によって違憲無効とされる。
このような権限(司法審査権)を裁判所に認めているのは、人権擁護機関として、人権を民意に抗してでも護らせるためである。
安易に「民意」を振り回すことは、その意味では間違っている。
「決定的に救われないにも拘わらず保護されるべき利益があるから,大抵の民主主義国家では多数決ルールに立憲的制約がかかる」
「立憲的制約は少数の支配層による暴虐よりも寧ろ多数者による暴虐を阻むときに有効に機能する」
「立憲的制約は多数決原理による多数派の専横から (当の多数者を含む) 市民の自由権を保護するものであるので, 憲法は多数決によって変更可能であるというのは制度的な事実であるけれども, 憲法はその時々で多数決によって変更してよい (規範) というのは必ずしも正しくない」
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2 「自主憲法」と「押しつけ憲法」
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