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名刺を受け取りたくないと思ってはいけないのでしょうか


当たり前のことのようにビジネスマナーとして存在する『名刺交換』。


会社名または組織名。肩書き。名前。(会社に在籍している間の)連絡先。


でも、私はずっと思ってきた。


「会社名も肩書きもわざわざ見せつけないで」と。


私が知りたいのは、会社名とか肩書きという仮面をつけた、表向きのあなたではなく、"その奥にあるあなた"です、と。


しかしそんな一個人の切実な願いなど虚しく、今日も社会に属する人たちは「そんなことは知りません。当たり前に従います。」とばかりに、形式通りに名刺を差し出してくる。


どこへ行っても「お仕事なにされてるんですか?」というお決まりのように飛んでくる、ゲンナリする質問。

何者でもない状態を経験したことのある人、脱落せざるを得なかった人にとっては刃物を突き付けられているかのような脅しになる言葉だ。

仕事の話はしたくないと思っている人の気持ちも、訳あって仕事ができないでいる状態の人の気持ちも考慮されることなく、仕事の話をして当然であるかのようにその言葉は飛んでくる。


どうして仕事の話ばっかりなんだろうか。

相手のことをよく知りもしないのに、よく知ろうともしないのに、表向きの印象だけで人の価値を計ろうとする。その人に価値があるのかどうかジャッジを下そうとする。

他にできる話もあるはずなのに。それとも、それしかできる話がないの?


仕事。仕事。仕事。

仕事。仕事。仕事。

仕事。仕事。仕事。


『仕事』という言葉がイヤになる。溜息が出る。


会社名を見せられる。溜息が出る。

自己紹介の時に会社名を先に言われる。溜息が出る。

肩書きを言われる。溜息が出る。


まるで、『私は何者かになれています』『私はここまで努力したんです』『私は恵まれています』と、一枚の紙切れと共に押し付けられているかのように。

名刺ではなくても、インターネットでも、さらにはnoteでも同じことが起こる。会社名や肩書きの書かれたプロフィールから生まれる、望んでもいない先入観。


もうイヤだ。ウンザリだ。

私はそういうものをすべて取っ払った状態でその人のことを知りたいのに、どうして色眼鏡を無理矢理かけさせようとしてくるんだろうか。


例え当たり前であっても。ビジネスマナーであっても。

イヤなものはイヤだ。


こんな考えをしてしまう時点で、私は『普通』にはなれないんだろうなと思う。『普通』の世界から疎ましく思われるのも仕方ないなとは思う。


そんな違和感が目を背けられないほどに大きくなったある日。

私はついに名刺交換の場で名刺を受け取らずに、相手が差し出してきた名刺をただ見つめるように立ち尽くしてしまった。体が拒んだのだ。

その後の結果はあなたも想像できる通りだ。先方は「なんだこいつ」という目で見てきたし、同席していた同じ会社の人間からも叱責を受けた。

あぁ、当たり前を疑わずにただ従っている人が世の中には多いらしいと、私は瞳の奥で感じていた。


私は検索をかけた。


『名刺を受け取りたくない時』

『名刺 受け取らない』


こんなことを身近の人間に訊いてみようものなら「頭おかしいんじゃないのか」だのと言われるのが関の山だと、これまでの経験から知っている。

そんな誰かに相談しづらい疑問と悩みを、インターネットの海に投げかけてみた。


いくつか『名刺を受け取らない』に関連する検索をかけたものの、私の求めていた答えは見つからなかった。


「申し訳ありません。名刺は受け取らない主義でして。」


名刺を勝手に渡そうとしてくる相手を手で制して、こうやって毅然と断りたかったんだろうと思う。

しかし、名刺は持たない主義という人はちらほらいたものの、名刺交換(名刺を受け取ること)そのものについて異議を唱えている人はインターネット上でもいないように感じた。

「受け取らないのは失礼です」

ビジネスマナー。当たり前。その形式に従うことがそこでも善しとされていた。


相手が名刺を受け取らない時はどうすればいいのかについての解決方法も見つからなかった。


あるゲームのワンシーンでは、名刺を差し出してしばらく受け取ってもらえないと見たら、そっと机に置いて相手の判断に委ねていた。それから何事もなかったかのように話が進んでいったけど、この通りにすればいいのだろうか。


逆に、受け取りたくない時ははっきり断っていいのだろうか。


私自身が強い疑問を抱いてきたからこそ、受け取りたくないと感じる気持ちもわかるので、「名刺は受け取らない主義なんです」と言われれば、私は相手のその意思を尊重したいと思う。


それでも、「ビジネスマナーだから」「それが世の中の当たり前だから」という理由で、角が立たないようにその場では名刺を受け取らなければならないのだろうか。


結局、名刺を受け取ったところで、本当に何度も連絡する人なんてひと握りいるかいないかだ。それ以降たいして関わることもなく、見返すことすらもないただの紙切れが増えていくのを煩わしいと感じている人も少なくないはずだ。


最近になって日本でもようやくペーパーレス化が進んでいて、さらにパンデミックの後押しもあって、いよいよ紙の名刺もいらなくなる時代になるかというところまで来ている。


今はまだあまり理解されない考え方かもしれないけど、「"名刺を受け取らない主義"があってもいい」という考え方も含めて、名刺交換の多様性がこれから浸透していけばいいなと思う。



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