日々の過剰とそのほかの
食べることは生身の体には不可欠である。
今月の初め、熱が出てそこから咳に変わりという体調不良が続き3週間になります。
食べられない日々が続いて、ポカリやOS1、オイコスで何日も過ごして、
固形物を食べ始めたらフルーツとかきゅうりとかとにかく味をつけないそのままのものしか食べられない日が何日も続きました。
この時点で味覚が完全にフラットに戻った。
こうなると、作りたくなくて外で食べ物を買いたくても
『しょっぱすぎる、甘すぎる』
と感じました。
濃いということが、こんなにも濃いのか!
というびっくりを体験して
超味薄いものを作ったり、市販のスープとから湯を足して。。
3週間たってやっと、食べられるかも!
と思いお弁当を買う。
まだダメだ、、
私は珈琲を焙煎して毎日飲む生活をしていた
毎日一回珈琲を飲まないといられない感じだった。
この体調不良をきっかけにカフェインも取らなくなった。
珈琲というものの価値について考えさせられる事になりました。
珈琲は元気な体で、体を動かしていて
一般的な味付けが食べられて
甘いお菓子が食べられて
ちょっと労働して疲れたなと思うタイミングが
1番飲みたい時
なのではないかと思った。
何回かトライしたけど、全く美味しくない。
確かに、寝てばかりいるのでカフェインいらずだし、大好きなはずの甘い焼き菓子も食べる気になれない。
(目にすると、癖で買ってしまうけど
冷凍庫に入ってしまう)
珈琲飲めない事に少し不安にもなりつつ
自然に待つ事に決めた。
飲みたい!という欲求がでるタイミングに少しづつ飲んでみる。
これがいちばんだろうと。
私は主に菜食で、冷蔵庫の中には野菜も沢山入っていたけど、過剰だったとも気がついた。
携帯は元々動画を沢山みていたけど
それもできなくなった
過剰だったことだ。
全てがなんとなく過剰になっていたタイミングですべてがすっ飛ぶ時間を過ごしている
世の中からは遠く遠くなっているけど
そういう時なんだろうと思う。
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