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【ラストマイル感想】メフィストフェレスとの戦い方

『アンナチュラル』『MIU404』そして『ラストマイル』
彼らは何と戦っていたのだろうか。三作品に通ずるテーマとその解の変化について考えたい。

1、「敵は何だ」「敵は━━理不尽な死」


『アンナチュラル』の主人公、法医学者三澄ミコトは一家心中で1人生き残った過去から、理不尽な死に負けないよう戦っている。

私ずっと悲しむ代わりに怒ってた気がする。負けたくなかった。不条理な死に負けるってことは私を道連れに死のうとした母に負けることだから。

『アンナチュラル』第10話

そして、婚約者を理不尽に殺され、復讐を目論む同僚の中堂系を救うため、犯人である連続殺人鬼を逮捕し、有罪にするために戦う。

中堂さんは彼女の死に罪悪感を感じてる。生存者の罪悪感。家族が災害で亡くなったり、悲しい事件に巻き込まれた人が感じてしまうことがある。亡くなった人と自分を分けたものは何なのか。どうして自分だけが生きているのか。

『アンナチュラル』が主題とするのは被害者と加害者の存在する殺人事件の謎解きではなく、災害や事故までをも射程にいれた「不条理な死」に条理=法医学的に解明された事実を与えることで浮かび上がる生の不確かさと美しさであった。そのため、今作で殺人事件を描くとき、加害者は「不条理な死」として実態のない存在になる。(顔が明確に映らない、映っても感情移入を阻む不敵な笑みを浮かべる、等)

2、加害者になる前に救う『MIU404』


加害者の多くは実は、元被害者であり、社会構造の中で犯罪に手を染めてしまうことがある。ただ被害者としては加害者はどんな理由であれ、そのしたことに対して罪を償うべきである。だから『アンナチュラル』では加害者たちの物語を描けなかった。そうした倫理的課題を乗り越えたうえで、加害者の背景に踏み込もうとしたのが、次作『MIU404』である。このシリーズでは、通報を受け最初に現場に向かい、初動捜査に当たる機捜隊から事件をみる。1話で伊吹が言うように、機捜隊は「事件が起こる前」に対応できる機関だ。それはすなわち加害者が加害者になる前に止めるという形を取ることで上記の倫理的課題を解決しつつ、加害者が加害者になる背景を描くことを可能にした。今作で繰り返し語られるのは、人をピタゴラスイッチに例え、正しい道を外れる「スイッチ」あるいは、正しい道に戻す「スイッチ」に出会うことで加害者になったりならなかったりするという考え方だ。

志摩も伊吹も、「スイッチ」として自分が間に合わなかったことを悔いながら、目の前の起ころうとしている事件を防ぐ「スイッチ」になろうと走り回る。

3、不条理との新たな戦い方

そして両作と地続きの世界である『ラストマイル』で起こる事件は、さらに新たな視点から悲劇を描く。『アンナチュラル』のUDIが起こってしまった不条理な死に飲み込まれずに遺族が自分の人生を生きていくためのもので、『MIU404』の機捜隊が環境や周囲の人間など様々な要因で事件を起こす加害者を止めるためのものなら、起きてしまった事件に対して傍観者たる私たちは何ができるだろうか。不条理な死に負けてしまった後の物語、メフィストフェレスに魂を売ってしまったファウストをどう弔うかという問い━━『MIU404』で黒幕久住を例えて出てくるこの悪魔が伝説の中で誘惑し契約するのは(デイリー)ファウストである━━今作はそれを扱っている(が故に前2作の登場人物たちは、無力だ)

そのため、今作では前の2作に対して二つの変化がある。
1つは、メフィストフェレスたる黒幕の形象の仕方だ。前述の通り、『アンナチュラル』では「不条理な死」として事故や災害などが扱われる一方、終盤ラスボス的に現れる連続殺人鬼は人間性を持たず、言葉通り「条理」のない存在としてその狂気にクローズアップされる。(ミコトは犯人に対し「不幸な生い立ちなんてどうでもいい」と言い放っている)
また、『MIU404』でも「悪」の元凶として悪魔メフィストフェレスに例えられる久住と呼ばれる男は、彼がそうなった原因については一切語られず、彼は自らを災害や神といった存在に例える。(そして逮捕後も「お前らの物語にはならない」とその素性や動機を一切話さない)
つまりこの世界の世界観とはこうだ。
この世界には、根源的な「悪」が存在し、それに誘惑される形でさまざまな悲劇が起きている。その「悪」そのものは理由などない「不条理」なものであり、根源的な解決は不可能である。そのため、対症療法的に悪に巻き込まれた人たちを救い続ける必要がある。

それが『ラストマイル』では更新されている。今回、メフィストフェレス━━悪の根源━━として形象されたのは、システマチックに動き続けるベルトコンベア、“What you want?“という欲望を喚起する機械的な声、グローバル大企業のマジックワード。資本主義的で、実際に社会問題となっていながら、私たちのごくごく身近にあるテーマを扱うことで、理由なき解決不能な悪を、今後時間をかけて構造があり、解決すべき社会問題へと刷新したのだ。

そしてもう一つ、更新されたのは、悪との戦い方だ。これまでミコトの「負けそう」という言葉や志摩のいう「スイッチ」という例えから伺えるのは、勝ち/負け、間に合う/間に合わないという二元論での悪との戦い方だった。事件を防げたら勝ち、起きたら負けというわかりやすい図式で言えば、『ラストマイル』は負けだった。悲劇に巻き込まれた人が新たに事件を起こしてしまったこの件は、しかしながらその悲劇が起きた原因━━資本主義のために人を駆り立て、何があっても動き続けるあのベルトコンベア━━に立ち返り、それに抗うことで物語を終える。ベルトコンベアが停止したのは一時的なものであり、賃金の上がり幅もたかが知れている。だが、今回この物語が更新したのは、勝つか負けるかの二元論ではなく、少しずつあの壁を引き継いで行ったように時間をかけて継承し、完全に解決せずとも抗い続ける姿勢である。
『アンナチュラル』『MIU404』では、最後メフィストフェレスを人間に引き戻すことで勝利をしている。彼らを煽り、自らのやったことを誇示させたり、助けを求めた人に裏切られたり。不条理に顔をつけようとすると、それは不鮮明で原因が見えない。一方で構造として理解すれば、複雑だけれど理由が見えてくる。理由が見えたら抗える。不条理と戦う戦い方として、前作とは異なる姿勢を描いたという点で今作は新しいと言えるだろう。

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