![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/147689227/rectangle_large_type_2_8d580641003fdb3e51b4cd067d88895f.png?width=1200)
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十四話
第十四話:『七瀬は誰にも探せない』
いくら泣いても信じられないアタシは、車へと走った。震える足が言うことを聞かず、何度も何度も転びそうになりながら。七瀬との約束をアタシは破った。躊躇いがなかったといえば嘘になる。だが、アタシを止める七瀬がいない今、約束を破ったアタシを非難する七瀬の姿がそこにあることだけを願っていた。ゆっくりと開かれたトランクの中。綺麗に整えられた小さなベッドに、壁に設置された棚。その横に、七瀬の洋服がのぞく洗濯籠。小さなエンドテーブルには灰皿にライター、そしてメモ帳とペンが置かれていた。七瀬も、陽介もいない。アタシにとっては、空っぽな空間だ。
「ななせー!!!」
叫んだところで七瀬が現れるはずはないのは分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。
「気が済んだか?」
ずっと海を見つめていたルイが、いつも間にか後ろに立っていた。先ほどまでの力ない目つきとは違い、目の前にいるアタシをしっかりと見据える目。
「昨日の浜辺まで今すぐ戻って!」
ルイは何も言わずに車の後部に乗り込むと、テーブルに置かれたライターを手にした。ほんの一瞬立ち止まり、そっとベッドに目を落とした。と、枕に手を伸ばし、小さな鍵を取り出す。扉の内側にかかった南京錠を手慣れた手つきで外すと、トランクのドアを閉めながら草むらにそれを放り投げた。
「もう、いらないだろ」
草むらに背を向けてルイは運転席側に足を進めた。アタシは即座に草むらに飛び込んで南京錠を探す。七瀬がアタシを守ろうとしてくれた証だから。そしてどこかで、またあの鍵がすぐに必要になると、七瀬が見つかることを信じる自分がいたからだった。
「来るのか?来ないのか?どうするよ、スズ子?」
四つん這いになって目を凝らし、草を分けながらやっと探し出した南京錠。車に乗り込む前に、それを手にアタシはもう一度だけ海を振り返った。
ー 強くなれ、スズ。
自分にそう言い聞かせて。
「昨日の海岸に向かってるんだよね」
自分でも驚くほどの低い声が出てきた。念を押すようにルイに聞いたが、ルイは無言でハンドルを回すだけだ。
「七瀬と陽介を、、、この目で見ないと信じないからねアタシ」
昨夜の海に今も取り残されているかもしれない七瀬を想像するだけで涙が溢れそうになる。強く鍵を握りしめ、涙に出るなと命を下す。溺れそうになったアタシは、どこにあの浜辺があったのかも、その後どの方角に進んできたのかも全く分からない。気づいた時にはあの浜辺から遠ざかっていたから。思い出してハッとした。アタシはどうやって車に乗り込んだのか。その答えは、いくら考えても、隣に座るルイの存在一つしか見出せなかった。七瀬を救えたはずなのに。そう思うとハンドルを握るルイを直視することが出来ずにアタシは顔を背けた。見やった窓の外。いつもなら、すれ違う車は数えるくらいだというのに、やたらと目に飛び込んでくる。そのうちにちらほらと家や店が見えてきた。
「ちょっと!ルイ、どこ向かってんだよ!」
アタシの言葉は聞こえているはずなのに、表情を全く変えない。
「七瀬たちを探すんだっていっ……」
「七瀬は誰にも探せない!!」
全てを制するような声がアタシのど真ん中を突いた。
「警察だろうが、なんだろうが、アイツらを探すことは絶対に出来ない。お前にも、俺にもだ!」
「でも、探さないと、見つかりもしないじゃないか!」
アタシはありったけの力を込めて言い返した。
「お前、なんで俺が運転できてると思う?」
ルイが何を言いたいかが理解できない。
「アイツが隠した鍵や思い出の浜の在処も、お前の名前も、七瀬が消えた証拠だってのが、まだ分かんないのか?七瀬の残した記憶の引き出しを俺が開けたんだよ!七瀬も陽介も……もうどこにも探せないんだよ!」
アタシの耳に入ってきたのは、最後の言葉だけだった。ルイは二人の最後の目撃者であり、二人の肉親でもある。なぜここまでキッパリと兄弟達を見捨てることが出来るのだろうか。海の底に沈んで行く二人に背を向けたであろうルイに救われたこの命は、七瀬に出会っていなければ消えていたはずなのに。
「二人に呪われろ、このくそ兄貴!」
悔しくて、悲しくて、自分一人では何もできない自分が苛立たしかった。七瀬からもらった沢山の宝物。今のアタシはそれらを心の箱にしまうことしか出来ない、ただの十五の少女に過ぎないことを嫌と言うほど思い知った。
町中を走行し、車が停車したのは想像もしていなかった場所だった。
「俺はアイツと違って、気が強い犬は苦手なんだよね」
ルイは思い出の浜辺にいた時から、向かう先を決めていたのかもしれない。
「ルイ……なんでアタシをあのまま海で死なせなかったんだよ」
アタシの問いかけに、ルイの顔が一瞬緩んだ。
「七瀬と陽介は消えた。二人を知るのは、この世にお前と俺だけなんだよ。だから、、、」
ルイの左手がアタシの頬を思い切りつまんだ。
「絶対に二人を忘れるなよ」
ルイはエンジンを切ると、七瀬と同じように鍵をダッシュボードの中に入れ、警察署への階段をゆっくりと登って行った。