連載小説:『七瀬は誰にも探せない』最終話
最終話:『ルイとアタシと。』
「今までお世話になりました」
礼をして刑務所のゲートを出る「陽介」の肩に警備員が手を乗せた。
「出所おめでとう。これからが本当の意味で始まりだからな」
ゲートの向こうに停まった白い車を指さした。
「あれがお前さんの保護司の松永さんだ。頑張るんだぞ」
深々と頭を下げた「陽介」が車の近くまで歩いてゆくと、運転席から松永が降りてきた。
「はじめまして。緒方陽介と申します。どうぞよろしくお願いします」
「陽介」が差し出した右手を松永の手が握る。
「こちらこそ。緒方陽介……いえ、緒方『瑠偉』さんとお呼びした方がいいかしら?」
目を丸くする「陽介」の目に、松永のバッグに揺れる南京錠が飛び込んできた。
「私、担当の松永涼香と申します。どうぞ、お好きな名前で呼んでくださいね、ルイさん」
にっこりと笑うスズの笑顔に、ルイの左口角が上がった。
「気の強い犬は、どこまでもしつこい犬になったか……」
鼻先で笑う。
「ルイさんは、ご存じないでしょう?」
何を言い出すのかと、怪訝そうな顔になる。
「九年前に七瀬がアタシだけに教えてくれた、誰にも触れさせない、大事な『記憶の引き出し』を持っていたこと。ルイさんにも触れることの出来ない七瀬は、まだ消えていないはずです」
ルイの右手を強く握った。
「七瀬は誰にも探せない。正確にはアタシ以外には……です。やっと七瀬が[助けて]といえたから、今度はアタシが運転する番です」
風車の回る海岸であの日、七瀬が教えてくれた二人だけのHelpのサイン。まだルイの中に七瀬は必ずいる。くるりと向きを変え車へと歩き出したスズは、運転席のドアに手をかけ、立ちつくすルイに眉を上げた。
「来るの?来ないの?どうする、ルイ?」
七瀬の顔で微笑むルイは、そっと助手席に乗り込んだ。
七瀬を探しに
ルイとアタシと。
「ねぇ……コンビニで七瀬に絡んで来た男のことなんだけど」
赤信号をじっと見つめながら九年前を振り返った。
「あー……俺は殺ってないよ」
前を横切る車を追いながら、ルイはアタシの先を読んだ。
「ねーちゃん、ねーちゃんってうるさいから……」
「俺は男だ!って一発くらわせた」
「本当に……事故、だったのね」
「俺は無闇矢鱈に人を殺すような人間じゃないんでね」
「知ってる」
「でも……その美しさは罪よね」
「俺じゃない。七瀬だろ」
青に変わった信号を、目を合わせることなく笑いながら突っ切った。
待ってろよ、七瀬。
(完)