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いつもの景色を、空からながめれば
「モノレールにのる!」
6歳娘はちいさなおめめをキラキラとさせ、バンザイしながらぴょんぴょん飛び跳ねた。
わたしの実家は大阪で、自宅のある姫路から帰省するときはいつも、中国自動車道を利用する。
下りの吹田付近からの風景が見えてくると、6歳娘のボルテージが最高潮に達する。なぜなら、大阪モノレールが頭上をゆうゆうと走ってゆくからだ。おまけに、おおきな観覧車と、むんっと目をむく太陽の塔もついてくる。
普段住むところは、姫路市内とはいえ、姫路駅から車で50分ほど離れた場所にあり、電車に乗る機会はほぼゼロ。
「電車に乗る」ただそのためだけに、車をどこかのパーキングに停め、電車に乗ることを純粋に楽しむ民、それが私たちなのである。
かくして、電車に乗るという行為は非日常につき、6歳娘の電車へのあこがれは、そうとうなものだ。
高速道路を走る車窓から見上げる、大阪モノレール。1本のレールを、がしっと挟み込んでいるかのように走行する。
「わぁ、モンちゃんが走ってるー!」
モンちゃんとは、アゲハチョウの幼虫のこと。春夏、アゲハチョウの幼虫をチョウになるまで飼育するのがなんとなく当たり前となった、我が家ならではの見え方である。
幼虫の主食である柚子の枝にがしっと脚を挟み込むその姿は、まあ見事にそっくりなのだ。
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え、似ても似つかない? それもそうでしょう、でも仕方がないのです。私たち親子の感覚を心配してくださったやさしい方、ありがとうございます。
しかし、親子そろって、アゲハの幼虫にしか見えないところまできてしまった。なじみあるものと照らし合わせるのが人間のサガ。日常とはそういう積み重ねなのかもしれない。あっ、失礼。つい脱線。
「おうちに帰っていくねー!」
モンちゃんいや大阪モノレールは、まるで要塞のような駅舎に吸い込まれていく。さながら宙に浮かぶアジトである。
加えて、大阪空港も近いため、飛行機も低めに飛んでおり、手をのばせば届きそうな不思議な距離感。
ちなみに、自宅でみる飛行機は白い「点」である。
こんなふうに、帰省のたびに中国自動車道からながめていたのが、大阪モノレールと飛行機だった。
春休みの某日、7こ上のおねえちゃんが大阪の友達と会っているあいだ、この時間を有意義なものにしようと、6歳娘と大阪モノレールを利用して大阪空港に行き、展望デッキで滑走路から飛び立つ飛行機を見にいくことにした。
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1両目の最前席をねらう。ちびっこに大人気であろうスペシャルシートがあった。
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目の前には、1本のレールだけがただ延びている。
まわりには、高層マンションがずらりとひしめき、その間をぬってゆく。
昔のSF映画で観たような景色。あまりにローカルの山並みしかない風景に馴染みすぎてしまって、近代的な光景にドキドキしてしまう。
見下ろすと、おそらく中国自動車道の上下線が通り、ミニカーのように小さくカラフルな車がひっきりなしに走っている。遊んだことはないが、トミカのようだ。
そうか、昨日の高速道路上の私たちも、あの1台だったんだと思い知る。
車、家、マンションの1室。ひとつひとつには誰かの大切な生活が確かにあるのだけど、空から見下ろす、ただそれだけで、いともかんたんに景色のなかにグラデーションのように溶け込んでいく。
ドラゴンボールの界王様は、どんな気持ちで地上世界を臨んでいたのだろうか。なんて、思いを馳せてみる。
ちっぽけな存在として軽んじられてたまるか!
強気な気持ち。
この景色のなかでは豆粒以下のような存在なのだから悩みなどないと同然。
失敗上等!大胆に行動を起こせばよろしい、な気持ち。
じつにさまざまなものが、ひとつの景色として溶け込んでいる不思議。でもそのごちゃごちゃの心地よさ。
ふだん感じないような、いろんな気持ちが押し寄せてくる。
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6歳になったばかりの娘ちゃんは、この景色をじいっと見つめてなにを思うのだろう?
「落ちそうー!キャハハハハ!」
「なんで落ちないんだろうねぇ。どうやってつかまっているんだろうねぇ。ふしぎだねぇ」
モノレールそのものを楽しんでいる様子で、なにより。
いっぽうで、まわりのいつも乗っているであろう地元の方々とお見受けするみなさんにとっては、当たり前の景色。はしゃぐことはいっさいなく、すんとポーカーフェイスである。
あっというまに、大阪空港駅に到着した。娘さんは、もの足りなさそう。
いつもの景色を俯瞰して世界を見てみると、思わぬ発見がたくさんある。おそらく次に見るときは、また違ったものを見てはしゃいでいるかもしれない。
そのときそのときの心持ちで見えるものが異なる面白さ。
定期的に高いところにのぼって、見下ろしてみるとするか。そのときの自分が、なにを見て、感じているのを書き留めて、くらべてみよう。
つぎは、いつ行こうかな。先の楽しみが増えてうれしい。