心が動いた、忘れられない一人旅。#わたしと海【voice essayあり】
忘れられない、夏休みの旅がある。
2009年。私は、初めての一人旅を決行した。
行先は、東京都にある御蔵島。周りの海に野生のイルカが住み着いているというその島は、人口300人ほどの小さな離島。
会社で取れた夏休みは5日間。
どこに行こうか…と考える間もなく、なぜか「イルカだ!」とピピっときてしまった。ネット検索で最初にでてきたのは小笠原。でも、5日間では行って帰っては来られない。パソコン画面をスクロールしていくと、違う島の名前が目に飛び込んできた。それが、御蔵島を知った最初だった。
船の着岸率が約6割という御蔵島。無事に着くのかドキドキしながら船の中で眠りについた。船は無事に御蔵島に到着。最初に出会った島の方から「御蔵に呼ばれたね」と声をかけてもらった。その言葉通り、私は御蔵島に滞在した1泊2日で、かけがえのない経験をすることになった。
まずは1番の目的だった、ドルフィンスイム。今思えば、ほぼ泳げない私が思いだけでよく果敢にも挑戦したと思う。
シュノーケルのマスク越しに野生のイルカの群れを見た時は、心が震えすぎて涙で視界が滲んだ。
「本当に、イルカってこうやって海で泳いでいるんだ…」
水族館のイルカショーのイルカしか見たことのなかった私は、目の前の光景が夢のように思えた。
そして、イルカツアーに連れて行ってくれた宿のお兄さんが、その場でカツオを釣り上げた。とても立派で大きなカツオだった。それが、その日の夕食のおかずになった。
目の前の海で命をいただいて、それを自分が食べて命をつないでいく。
そのシンプルでありがたい循環に、いたく感動してしまった。
当時、仕事がとても忙しくて、家には寝に帰っているだけのような生活だった私は、常に頭も心も複雑に絡まっているような生きづらさを抱えていた。
「実は、世界ってもっとシンプルなのかもしれない」
そう実感として思えたことは、私にとって、とても大きなことだった。
そしてもうひとつ。忘れられない出会いがあった。
島内を散歩していた時のこと。島に住んでいるおじ様が「どこから来たの?」と声をかけてくれた。「東北の福島から初めて来ました」と言うと、「福島!稲穂を見に行ったよ!」と福島に旅をした話をしてくれたのだ。
御蔵島は島風でお米を育てられないので、そのおじ様も、当時ご健在だったおじ様のご両親も、黄金色の稲穂を見たことがなかったという。
ご両親の「人生で一度だけでもいいから、黄金色に輝く稲穂を見てみたい」という希望で、秋に御蔵島から福島まで行ったそう。
「あれは、黄金色の海だったね」
目の前に広がる青い青い御蔵島の海を見ながら、その方は優しい瞳で懐かしそうに呟いた。
私はそれを聞いて、ものすごく衝撃を受けた。
黄金色の稲穂は、福島出身の私にとって、小さい頃から”秋には当たり前にそこにある風景”だったから…。
「私の当たり前に見ているものが、誰かの希望の風景になることがあるんだ…!」 私は御蔵島で、地元の黄金色の稲穂の海を愛おしく思った。
たった1泊2日だったけど、今思い返しても、御蔵島への一人旅は私の人生の転機だったと思う。心をたくさん動かした、きっと一生忘れられない時間。
実はこの旅で、同じく一人旅をしていた夫と出会い結婚をした。そして、私たちは4人家族になった。いつか、双子の娘たちを連れて、御蔵島にお礼参りに行くのが、私の夢。