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挽回


また、今日も2ちゃんねるを覗く男がいる。男は香川

淳夫53歳だ。香川は小説家。しかし最近、いや、ず

っと執筆していない。書かないのではない、書けな

いのだ。もう世の中から忘れられてるんじゃないか

と思い、2ちゃんねるで、自分のスレッドをチェック

しているのだ。そこにはいろんな事が書かれてい

た。『香川はつまんねー』『香川は終わった』など

など、ひどいものだ。しかし、香川はまだ自分のス

レッドが立つことの方に喜びを得ていた。

デビュー作がいちばん売れた。デビュー作を越える

モノを書けないでいるのだ。自ら積極的に2ちゃんね

るを見に行く作家も珍しい。でも香川はそれでいい

のだ、と言わんばかりの表情だ。それと最近香川は

長年吸ってた煙草をやめた。ベビースモーカーの香

川にとってそれは大きなイベント事でもあった。最

後の一本を、座っているデスクの引き出しの奥に閉

まっている。この最後の一本は良いことがあった時

にと、取ってあるのだ。香川は出版社から印税の少

しを前借りしていた。サラリーマンの平均年収にも

届かない香川の収入だが、いまだに少しばかりの印

税は入る。情けない。しかも現実は厳しい。ベスト

セラー作家の作品がどんどん映画化されていく。

彼らは一体どんな生活をしているのだろうか?香川

にはわからなかった。同時に自分の才能の限界を感

じる他なかった。別に才能を見せびらかす為だけに

書いてるのではないが、ブロである限り才能が必要

とされる。いつしか香川は『まともな』職に就いた

方がいいのでは?と思ってみたが、今まで履歴書に

書ける職歴は、『小説家』しかなかった。53歳の未

経験者を取ってくれる職はなかなか見つからなかっ

た。この頃から深酒をするようになった。そして全

てが嫌になった香川は、自殺をしようと、とっさに

決めた。さっそくAmazonでロープや、カッターなど

を注文した。Amazonの『この商品を買っ方はこちら

も』の案内に『完全自殺マニュアル』が紹介されて

いた。香川はそこで死者に出会ったような気がし

て仕方なかった。数日後、ロープやカッターなどを

カバンに入れて、その脚でレンタカー屋へ向かっ

た、そして樹海へアクセルを踏んだ。樹海に着く

と、立ち入り禁止の看板を、早速無視して中へと入

っていく。まだ昼過ぎなのに、酷くひんやりしてい

る。さらに奥へと進み、カバンからロープを取り出

そうとしゃがんだ時だ。葉っぱの中から香川のデビ

ュー作の本が落ちているでははいか。夜露のせい

なのか水分を含んでいる。香川は急に我に返り、自

殺を思いとどめた。そして樹海を後にした。夜、家に

着いた香川は、いつもの椅子に座り、デスクトップ

のパソコンを立ち上げると、2ちゃんねるを開いた。

ふと、ある書き込みに目がいく。


今日樹海に行ったけど、香川の本読んだら死ねなくなった。』

香川は引き出しから最後の一本を取り出すと、静か

に火を点けてニヤリと笑うのであった。

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