歴史小説「Two of Us」第4章J‐23
~細川忠興&ガラシャ珠子夫妻の生涯~
第4章 On A ”SABO Tea Room” About Some Last Scenes
J‐23
花畑屋敷は、ほぼ平屋建ての造り。
肥後熊本城は、細川忠興が大きな地震を予想し、堀の石垣や本丸天守閣など、大規模な改修工事を行っていた。忠興は京都盆地の育ちではあるが、『何を思ってこのような自然災害に脆弱な平城を建立したのか。。。❓』と、故加藤清正公を偲んでいた。
それゆえ、政務以外は少し離れたこの花畑屋敷で、生活をしている。
その花畑屋敷の裏門から、1台の武家仕様の籠が出発した。
通りがかりの町民は、ごく質素な小袖の若々しく見える細川の室を、かい間見かけただけだ。
それは誰を乗せているのか、女性や子供は知る由もない。だが、『肥後もっこす』達は判っている。
彼らは、ただの側室ではないと、はっきり知っている。
もう、町娘の姿で身を隠すこともなく、かといって、大坂玉造屋敷や丹後宮津城の姫である頃程には、華やかな〈辻が花〉の四重でもない。
ガラシャ珠子は、立方体の桐箱をしっかり抱えて、外界の視線を閉ざした重厚な籠に乗り込んでいた。
その桐箱の中には、初窯の〈高田焼〉抹茶茶碗が一つ、納められている。複数のデザインの中からガラシャ珠子自身が一つ、谷衛友氏に合わせて選んだ逸品なのだ。
武家仕様の籠は、四半時で熊本城敷地内の茶房に、到着した。三畳ほどの数寄屋造りの茶房に、同じ年の3名が揃った。
「珠子どの。この青磁がかった色味の釉薬は、上野喜蔵の発明ですかな❓」
「はい。私共はそう伺っております。
詳細は、三斎殿が語られると思いますが、私はこの色味と形で選びました。あの、雲源寺の石段頂きのしだれ桜。まだ若木ではございますが、既に桜の実も成っておりますね❓
うすい緑は、寺の庭園の苔の色。少し赤味のある蒼色は、サクランボや花びらを指します。そして青磁色は、寺から見上げた青空です。
再び逢わせていただいた感謝の気持ちを込めて、この逸品を選んでまいりました」
「、、、ありがたく、頂戴つかまつりまする」
終始にこにこ微笑む、忠興(三斎宗立)。
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