長編小説「ひだまり~追憶の章~」
プロローグーーー雪解けの春@白馬八方尾根
Vol.1
窓の外の白樺が、口笛みたいに啼いている。春風に身を任せ、ハスキーに。春一番はもう、2週間も前に通り過ぎて行ったというのに。
心地好い陽射しが、この部屋の床にも届いている。
シーズンOFF間近のスキー場。リフトが止まり、ゲレンデの麓のテニスコートがすっかり雪解けしてしまうと、そろそろここも潮時かな、と住み込みのスキーヤーやボーダー達は一人、また一人と街へ戻って行く。
引っ越し後の空き部屋のように、ガラーンとした侘しさ。そのくせ穏やかな心地良さ。こんなひと時を独り味わうのが、この季節には一番好きだ。
一番私らしく居られるのは、誰の瞳にも、この白馬村に居る季節だったのだろう。初めて、このスノーリゾート地に住み着いてしまった初冬から。
もう17年の月日が、流れた。そして現在も、私はここに住んでいる。
あの頃とは変わってしまった所は。。。
今の私には、スキー・デモンストレイター日本代表の谷沢岳彦という夫と、私との間に生まれた子供が二人、一緒に暮らしている事くらいだ。
今はひと頃のように、とにかく雪の上に立ってさえ居れば、それだけで幸せ、って気持ちには成らない。でも、確かに云える事は、私はスキーが好きで好きでたまらない。そういう事だけ。
だから今でもシーズン中に2,3度は、手の空いた午後に滑りに出かけて行く。『私の庭』である白馬のゲレンデへと。
そんな時には、旧姓の『青野美雪』である自分自身に戻れる。本当はもっともっと滑っていたいのだけど、この旅館の若女将の仕事をこなしながら、今日もこうして窓からゲレンデを眺めては、溜息をついている。
夫婦の新婚旅行でも、ニュージーランドのリマーカブルで滑っていた。
その時既に、お腹に長男が居たのだけれど。胎教だと、夫や家族を説き伏せた。
スキーシーズン中は夫の谷沢は忙しく、全国のゲレンデや欧州のスキーリゾート地を駆け巡っている。私がシーズン中に滑る事ができるのは、子供達を連れて、名木山や咲花のエリアへ遊ばせに行くのが、ほとんどだけど。
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