Short Story「恵比寿でたそがれる。」
人の流れは、あいかわらず。
不法駐輪が、路地に積み上げられてる。
その横のコンクリート壁にもたれて〈にぎやか〉というイメージが定着した駅前を、少し離れて眺める。
人混みに揺られているのは、心地好い。
放っておいてくれるし、会話をしたければ、コンビニやドラッグストアでも、しつこく尋ねる客に成れば、良い。
だけど〈ガーデンプレイス〉には、永く足を運んでいない。
上京した頃、もの珍し気にウロウロしたもんだけど。今はそういう『おのぼりさん』をすぐに判別できるくらい、この街で働いでいる。
夜通し赤い明るさが消えないのは、働く街よりむしろ、住む街川崎の方だ。昔は石油化学コンビナート地帯だったと経済社会科で習った気がするが、今は商業地域として『眠らない街』でもある。
〈仲見世通り〉を徘徊するより、俺は独り、ここでヱビスビールを缶で飲む。
俺の夢だった。十代の頃の。
恵比寿でヱビスビールを仕事帰りに、一杯ひっかける事。
発泡酒を2ダース分まとめて買い置きするサラリーマンも、外食ではなかなかヱビスビールを注文しない。
カウンターで一貫ずつにぎりを差し出しながら、愛想で一杯注ぐ時もスーパードライか「ばんしぼ」。
俺は毎日ヱビスビールを飲む男になるZO!と、志した。
でも俺、本当に夢を叶えたのかな❓
〈華板〉の一歩手前。時々「君のにぎりを頼むよ」と、指名してくれることさえある、俺。
〈煮方〉を卒業したのは遅かったが、専門学校で調理師免許も取った分、同期より早くカウンターに立つ日が来た。
15歳前後で修業を始めた奴は、俺より先輩だけど。
けど俺、このままここで続ける❓
確かに唯一の贅沢で毎日缶ビールはヱビスを1本飲む。
立ち上がり、自販機横のごみ箱に空き缶を捨てる。
革ジャケットのポケットからスマホを取り出し、LINEを確かめる。店のグループLINEを、今日は今まで観るのを忘れていた。
ーーー前田君。明日14時出勤でお願いします。
中村さんが体調悪くって、仕込みのフォローが出来ません。
指示よろしく。
俺は「了解しました」と返す。すぐ既読。
友達追加したばかりの同期にトーク入力。
ーーー俺、14時出勤になったから
ーーーんで。21時きっかりに上がるから、
あとの定休日前の準備よろしく。
すぐに返事は来なかった。
ーーーおつかれさまです。
前田さん、OK(^^♪
ボクちょっと、ツクリます。
ーーー仕込み❓
ーーーいえ、クリエイト
ーーーありがと。彼女、大丈夫❓
ーーー問題なしです。
サービスはボクラより上がりが遅くって
逆にいっしょに帰れるかんじ♬
ーーーだな🍀
ーーーはい。明日2人でカウンターです
ーーーわかった。おやっさんは❓
ーーーヤボ用
ーーーwww
そこでやり取りは途切れた。
ポケットに手を突っ込み、肩をすくめる。
チラチラと、ボタン雪が落ちて来た。
俺はパーカーのフードを被り、革ジャケットのファスナーを、首元まで上げた。
そういえば、千尋が言っていた。
「今は、パーカって言わないの。フーディ・スウェット!」
声色といっしょに、ゲレンデで日焼けして来た顔の千尋の笑顔を思い浮かべた。
「待ってるから」とも言えなかった。
「また行って来るね」とは言ってたけど、今年は「待っててね❓」とは言ってくれなかった。
千尋はスノーボードのインストラクターに成って、もう5年❓6年❓
辞める気はまだないだろう。
また行ってしまったか。。。
ため息をついた、俺。
夕焼け空も、今日は見られない。
♪東京にもあったんだ~♪と、口ずさんだ。
2コーラスめと同じ、綺麗な月夜だからだ。
「恵比寿でヱビスビールか。。。」
今度桜が散ったあと、ゲレンデから千尋が帰って来たら、何て伝えよう。。。
自分の居場所はここだけど、千尋がボーダーを続けても好いのだけど、何かしら、新しいふたりで居る目標が、欲しいな。。。
いっしょに暮らそう、、、も、違う。
今だってオフシーズンはできるだけ合わせてくれている。
「俺が〈華板〉に成ったらさ、何かふたりで始めよう。
千尋が全日本選手権に出場する夢叶ったら、ふたりで始める何か欲しい」
これって、結婚❓
違う気もする。でも、この幸せ感、もっと増やしたい。
「よし!俺も、新作軍艦巻きと、潮汁。クリエイト時間作るか⁉」
さっきまで俺、黄昏れていた。
今この瞬間の俺、あの歌の気分。
『猫』って唄歌ってる奴、何て名前だっけ❓
俺、「タケミッチ」よりもイケてるかな❓
「タケミッチ」くらい、あきらめない奴に成れるかな❓
ーーーTHE END
https://www.youtube.com/watch?v=gsT6eKsnT0M