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『平家物語』扇の的03(古典ノベライズ後編)
(昨日 ↓ から続き)
「み、見事に扇を撃ち抜いたで」
相手をコケにする気持ちは、いまやすっかり消えていた。
太い任侠は大いに感心しながらも、口をポカンと、拳銃にぶち抜かれたジュリ扇(せん)から目が離せない。
「きゃー!」
人質だった女はいまさら声を上げるや、慌ててジュリ扇を宙へ放り投げる。
女は海へと飛び込み逃げて、扇は空へと上がっていった。
暫し扇は空をバブル期の女性の手首の返しを思わせる動きで舞っていたが、春風がふわふわと吹いてきて、海へさあっと落ちて浮かんだ。
「おう、宗隆(むねたか)。よくやった」
背後にいた先輩の伊勢が、沖を見ながら鼻で笑って宗隆をほめた。
「いやぁ。当たってくれて、良かったわぁ」
宗隆青年は自身の丸刈りを指先で引っ掻きながら、栃木訛でそう独り言を漏らしたのだった。
夕日の名残がギリギリ輝いていて、真っ赤なジュリ扇で羽のついたのが、白波の上に漂って、浮いたり沈んだりしているので、沖にいた関西の者たちは、小舟で地団太を踏んで悔しがったし、砂浜の関東の宗隆の先輩たちは、諸手も高くスタンディングオベーションだ。
(来週へ続く)
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