並木飛暁(たかあき)
はじめまして。小説家の並木飛暁(なみきたかあき)と申します。 お読みくださり、本当にありがとうございます。 この『古典文学でフザケるnote』は、ぶっちゃけ(それがどのような形になるかはわかりませんが)書籍化狙いです。 しかしせっかく書くんですから、通常の商業では書籍化しにくい内容を継続的に書いていきたいなと。 選んだテーマは「古典文学」。いままでやってきている学習塾講師として考えてきたことを形に残したかったという個人的な狙いも、このnoteにはあります。
昔々の昭和の頃に。 斉田町に住む荘介と言えばこの辺りで知らぬ者はいない、いわゆる札付きのワルだった。 バイクにまたがり、手下を数人引き連れて、金品も女性もまさしく狩猟のようにかっさらっていくフランスパンのような大きさのリーゼントは、近隣の人々を震え上がらせていた。 いつものように高校正門を待ち合わせの場所にのみ使った荘介は、手下と共にバイクにまたがり、放課後の高校を後にした。 そのときだった。 ランドセルの小学生男子が、1人バイクの前へと自ら飛び出してきたのは。
蟷螂之斧(とうろうの おの)。 武将の車に立ち向かってくるカマキリの話。 一般的には「無謀」だとか「身の程知らず」というニュアンスで使われることも多いのですが、「不利をものともせず勇敢に立ち向かう」場合にも最近では使われているようです。 もっとも試験で後者の使い方を、おそらく採点者の多くは「誤用」扱いにすることでしょうが。 しかしながら、個人的には誤用と言い切れない気もしています。 というのこの故事のラストで、車に乗っていた斉の荘公は、車を迂回させてカマキリを避
読み方:とうろうの おの 出典:『淮南子』 意味:弱者が自分の実力を考えずに強者に立ち向かうこと 【白文】 斉荘公出猟。 有一虫。 挙足将搏其輪。 問其御曰、 「此何虫也」。 対曰、 「此所謂螳螂者也。其為虫也、知進而不知却。不量力而軽敵」。 荘公曰、 「此為人而必為天下勇武矣」。 廻車而避之。 【書き下し文】 斉の荘公、出でて猟す。 一虫有り。 足を挙げて将(まさ)に其の輪を搏(う)たんとす。 其の御に問ひて曰はく、 「此れ何の虫ぞ
府中にある競馬場は「府中競馬場」っていう名前だと勝手に思っていたんだけど、あの場所のことを「東京競馬場」って言うんですね。 知らんかった。 いろいろ調べると、JRAのサイトで「応援馬券」なるものを発見。なるほど馬券には購買意欲を刺激するそういう買い方もあるのかと感心しました。
(昨日か ↓ らウソの続き) さて、問題の「虎穴(ふーしゅえ)」は、ズバリ字面そのものの処刑法だった。 罪人は虎の住む洞穴に入れられる。昨日掲載分で既出の蠆盆(たいぼん)や炮烙(ほうらく)と違うのは、この刑の場合、虎の住処に入れられた罪人には死なずに済むチャンスが残されていたことだ。 その条件は、洞穴のどこかに隠してある『虎の巻』を取ってくること。 そもそも『虎の巻』は古代中国の兵法の秘伝を記したものだが、ここでは大変に貴重な書物だと考えてくれれば良い。 貴重な書
いまから書くことは概ねウソなのだが――本稿では古代中国の処刑方法のひとつであった「虎穴(ふーしゅえ)」について解説をしたい。 考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝・殷(いん)の時代の話になる。 殷は周に滅ぼされた。「殷周革命」という言葉は知らずとも、かつて週刊の少年漫画誌に掲載され、テレビアニメにもなった『封神演義(ほうしんえんぎ)』の時代のことだと聞けば、わかる人もいることだろう。 もちろん『封神演義』は「演義」≒史実を元にした小説だ。明の時代の著述家で
(昨日 ↓ から続き) その後のいわゆる急転直下は、いま思い出しても僕にはなかなか信じることができません。 なにせ勝ったのは、みんなが馬券を買った3連覇がかかった馬ではなかったのですから。 一番人気のその馬は、第4コーナー辺りまでは確かにトップの位置につけていました。 競馬初心者の僕からすれば、まさか直線に入ってから後続の馬たちがぐんぐん伸びてくるとは思いもよりません。 徒競走や陸上競技とは、まるで様子が違ったのです。 ましてや……ああ、怖かった! 先頭を走る
「え、僕が付き添うの?」 祖母に監視を頼まれて、祖父が競馬場へ行くのに付き添うこととなりました。 なんでも次の日曜日に、近所のご長寿数人で、祖父は競馬場に行くとのこと。 にこにこと楽しみにする祖父に比して、責めるように厳しく眉根を寄せる祖母は、僕に監視を命じたのです。 「頼んだよ、善之助。おじいちゃんは昔っから、ギャンブルの加減ってものを知らないんだから」 なにせ祖父のモットーは、「大穴に賭けぬなら、富を得ず」。 若いころには借金してまで競馬にのめり込んだ時期
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』=危険を冒さなければ成功は無い。 人口に膾炙した(←お、こっちも故事成語です)、とても有名な故事成語です。 しかしこれは『古典あるある』なのですが、現代語訳を読んだって、状況がわからないとまるで筋がつかめない。原文が短かくったって、理解できるとも限らない。 まず原文イントロで「超曰」って言われてもさ、しゃべってる超ってダレよ? 鄯善(ぜんぜん)ってナニさ? まずはざっくりした状況説明を。 * 漢の班超という武将が、少人数
読み方:こけつに いらずんば こじを えず (「はいらずんば」「ざれば」「こし」などバリエーション有り) 出典:『後漢書』 意味:危険を冒さなければ、成功は無い 【白文】 超曰 「不入虎穴、不得虎子。 當今之計、獨有因夜以火攻虜。 使彼不知我多少、必大震怖、可殄盡也。 滅此虜、則鄯善破膽、功成事立矣」 【書き下し文】 超曰く 「虎穴に入らずんば虎子を得ず。 当今の計、独だ夜に因って火を以て虜を攻むることあるのみ。 彼をして我が多少なるを知らぜしむれば、必ず大いに震
毎日noteを初めて半年経った。 よく続いたな、というのが正直なところ。 ほぼ同時期にぬか漬けを始めているから、これもよく続いたなといったところ。 この半年間、わたしは毎日noteに勤しみ、毎日ぬかをかき混ぜていたことになる。 どちらも続くところまでは続けたい。
(昨日からウソの続き) まずは親子丼の派生を見てみよう。 鶏肉と卵を使ったもの以外にも、鮭とイクラの魚介バージョンを「海鮮親子丼」と形容することがある。宮城県のご当地グルメ「はらこ飯」だ。 あるいはチキンカツの卵とじを「親子カツ丼」と認識する人もいる。 関西方面では「親子」から派生して、鴨肉を卵でとじたものを「いとこ丼」と呼ぶこともあるそうだ。同じ「いとこ丼」でも鰻と穴子のハーフ&ハーフしか寡聞にして知らなかった関東のわたしは、関西バージョンの「いとこ丼」には驚いた
いまから書くことは概ねウソなのだが――親子丼の進化がすさまじい。 親子丼と言えば東京では老舗中の老舗である人形町の「玉ひで」が有名だ。ここが親子丼発祥の地であることに間違いはない(間違いない!)のだが、先日、ちょっと不可解な情報を耳にしたので書き記す。 鶏肉と卵を煮込んだ丼飯。 この親子丼の原型となるものとして、シギの肉とハマグリの身を煮込んで米の上にかけた郷土料理が、どうやら古代中国には存在したらしいのだ。 その名もズバリ鷸蚌飯(ユーバンハン)。字面もズバリで
(昨日から続き) スーパーマーケットの中年男性は、特売の鶏肉を手に持った老人の依頼をやんわり断ったけれども、そんなの相手は聞いちゃいない。 「早くしろよ。貼れよ、割引シール。その売れ残ったハマグリを、この鶏肉と一緒に買ってやるから。半額シール、さっさと貼れったら」 半額じゃない。貼るにしたってまだ20%だ。 とはぞんざいな口調で出かかったようだが店員はこの著名なクレーマーに対して極めて冷静に応対した。 もちろん「あんたの前では貼りたくない」とは言えないので、「まだ
ちょうどスーパーマーケット勤務の中年男性が、黄色に赤字の割引シールを貼るところだった。 春はアサリやハマグリの旬である。 時季の旨いものを店ではたくさん売りたいから、どうしたって多めに仕入れたくなる。 これは売り手の人情だ。 しかし生モノは難しい。 売れ残るよりは割り引いてでも売りたいけれど、貼らずに済むなら原価で買っていただきたい。 これも売り手の人情だ。 料理初心者にも扱いやすいためか、アサリはほとんど売り切れているが、今日はハマグリの方がだいぶ売れ残って