King of God!イブラ自伝映画が日本初上映!『I AM ZLATAN / ズラタン・イブラヒモビッチ』≪6/17-23開催!ヨコハマ・フットボール映画祭2023≫
サイドからゴール前にセンタリングがあがる。
195cm 95kgの身体が宙を舞い、テコンドー仕込みのアクロバティックなボレーシュートが、弾丸のような軌道でゴール隅へ突き刺さる。
味方選手が駆け寄り、スタジアムは熱狂に包まれ、敵サポーターからは盛大なブーイング。
彼のアドレナリンは一気に吹き出す。
そして、両腕を大きく広げるいつものゴールセレブレーション。
「俺がズラタンだ。」
(France v Sweden: Recall spectacular Zlatan strike UEFAチャンネルより)
第83回ヨコハマ・フットボール映画祭note公式マガジンを担当する三波です。
2012年、ズラタン・イブラヒモビッチは自身の半生を綴った『I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』を出版しました。この自伝をベースにした映画が、スウェーデン・デンマーク共同でイェンス・フェーグレン監督によって制作され、2021年ローマ映画祭にて初公開されました。
そして、遂にヨコハマ・フットボール映画祭2023にて日本初の上映が行われます。
本記事では映画『I AM ZLATAN』を観る前の準備として、イブラヒモビッチの名言を交え、彼のルーツや背景、登場人物の情報をピックアップしていきたいと思います。
サッカー選手の枠を超えたイブラという圧倒的な存在
6月5日の早朝、私はTwitterでそのニュースを知りました。
試合後のピッチ上には、あたかも喪服のような装いのイブラが必死で涙をこらえ、赤黒のユニフォームを着たチームメイトとサポーターの皆が泣いていました。
ACミランの本拠地サン・シーロで行われたセリエA最終節ヴェローナ戦後、ズラタン・イブラヒモビッチは引退しました。
私はこの記事を執筆するにあたって、最後の最後でイブラのこんなにも悲しみに暮れた表情を見ることになるなんて、思いもよりませんでした。
通算ゴール数572点(2022年3月時点)。5度のセリエAの優勝、4度のリーグ・アン制覇、2度のエールディビジ制覇、ラ・リーガと4つのリーグで優勝を経験し、そのうち5度の得点王と数え切れないほどの輝かしい成績を誇ります。
しかし、不運なことにメッシ、クリスティアーノ・ロナウドという偉大な選手が同時代に存在していたのです。
”神の子メッシ”と”CR7”と呼ばれる2人はバロンドールを2008年から10年間にわたって独占してきました。彼らが歴史に残る最高のフットボーラーであることは間違いありません。
一方、この映画の主役であるズラタン・イブラヒモビッチはどうなのでしょうか。
彼はデカくて、強く、しかもストリート仕込みのテクニックを擁しています。それに加え、プスカシュ賞を受賞したオーバーヘッドのような信じられないゴラッソを生み出すのです。
メッシ、クリスティアーノ・ロナウドの2人と比較してイブラヒモビッチの圧倒的に違う点は、品行方正ではないということに尽きます。乱暴すぎる発言、常軌を逸した行動は常にマスコミの標的とされます。
現在のフットボール界のスター選手はスポンサー企業に考慮してうかつな発言ができません。トップ選手はコミュニケーションに特化したコンサルタントを雇いますが、イブラヒモビッチはすべて自分自身でSNSを発信したり、インタビューに答えるのです。
「ありのままの自分でいい、それがパーフェクト」
というのがイブラヒモビッチの流儀です。
イブラヒモビッチは、かつてのモハメド・アリやマラドーナのような影響力を持つアスリートのアイコンとして、現代においても世界中に自由に発信しています。
"俺は王としてやって来て、伝説として去る"
※2016年5月、パリ・サンジェルマン退団を表明した際の言葉。
"ミラノには王がいなかった、彼らには俺という神がいる"
*2020年10月17日に行われたミラノ・ダービー(ACミランvsインテル)にてイブラが2得点し勝利。この言葉は、インテル所蔵のルカクが以前Twitterで「この街には新しい王がいる」と綴っていたことへのアンサー。
このようにイブラヒモビッチという選手は、アスリートの枠を超えた強烈な存在感を持ち、41歳になってもイブラ節全開で自らを「神」とさえ称しています。
一方で、プレー面では若かりし頃のエゴがなくなり、チームのためにプレーすることを厭わず、時には監督のように味方を鼓舞する成熟した選手になりました。
そして、引退会見で語った言葉を紹介します。
「今日、目覚めた瞬間から雨が降っていた。あぁ…神も悲しんでいるんだなと、俺は呟いた。」
ズラタンが育った移民地区「ローセンゴード」
イブラヒモビッチはスウェーデン3番目の都市マルメ近郊のローセンゴードで生まれ育ちました。ローセンゴードは旧ユーゴスラビア、イラク、アフガニスタンからの移民が多く住む地区です。
貧困による犯罪がそこらじゅうに潜んでいる危険な地域で、イブラヒモビッチは生き抜いてきました。
写真にあるガード下は、イブラヒモビッチにとって特別な場所です。
このガード下で父親は強盗に遭い、肺に穴が開くほどの重症を負いました。
(このエピソードは映画では描かれていませんが、このガード下をズラタン少年が恐怖とともに必死に駆け抜けるシーンがあります。)
このガード下の入り口には、以下のようなズラタンの言葉が表記されています。
ズラタン父を苦しめたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争とは?
本作のなかでズラタンの父親であるシェフィク・イブラヒモヴィッチが、日がな一日ビールを飲んで母国の戦争を伝えるTVに没頭し、子供たちをおざなりにしてしまうシーンがあります。
父親のシェフィクは元々は現在のボスニア・ヘルツェゴビナのビイェリナという町でレンガ職人として暮らしていました。ビイェリナはイスラム教徒が多く住む町です。
そこにある日、正教徒のセルビア人が襲撃してきました。ビイェリナの町は占拠され何百人ものイスラム教徒が処刑されたのです。
なんとか町を脱出した父シェフィク・イブラヒモヴィッチは、1977年にスウェーデンに移住します。
そして1992年、ズラタンが10歳の時にユーゴ解体のなか、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発します。
この紛争は、ボシュニャク人(イスラム教徒)とクロアチア人(カトリック)がボスニア・ヘルツェゴビナの独立を推進したのに対し、セルビア人(正教徒)がこれに反対し、戦闘状態となりました。
およそ3年半以上にわたり戦闘が繰り広げられた結果、死者約20万人、難民200万人以上という、第二次対戦後のヨーロッパにおける最悪の事態の紛争となってしまったのです。
「ビールの空き缶、ユーゴの音楽、空っぽの冷蔵庫、そしてバルカン半島の戦争。うちにあったのは、それだけだった」と、イブラヒモビッチは自伝に書いています。ユーゴスラビアの内戦が続いていた90年代、彼の母と祖母はたいてい黒い服を着ていたそうです。
夏はTシャツ、冬はパーカー姿の凄腕代理人ミーノ・ライオラ
映画の冒頭部分から日系ホテルの高級和食レストランでモリモリと食べるTシャツ姿の男こそ、フットボール界の大物代理人ミーノ・ライオラです。
昨今ではイブラヒモビッチだけでなく、ハーランド、デ・リフト、ポグバ、ドンナルンマをはじめとした顧客選手たちの市場総評価額は、時価8億ユーロ(約1146億円)に上るといわれます。
そんな代理人ミーノ・ライオラは、2022年4月に呼吸器系の病でこの世を去りました。54歳でした。
アヤックス時代から、長いキャリアを彼とともに歩んできたイブラヒモビッチにとって、辛い別れだったのでしょう。
イブラヒモビッチは自伝のなかで、恰幅のいい中年親父ライオラに親しみを込めて「愛すべき、お馬鹿デブ野郎」と呼びながらも、以下のように書いています。
ズラタン役の俳優グラニト・ルシティとは?
青年期から20代前半までのズラタンを演じた俳優は、グラニト・ルシティです。
本編序盤の早々に彼が登場します。当初の正直な印象として、ズラタン本人よりあまりにも優しい顔をしていたため、私は少々不安になりました。しかし、物語が進んでいくうちに歩き方や後ろ姿、皮肉なユーモアを話す様子は、ズラタンそのものであり、素晴らしい演技力をみせてくれたのです。
特にマルメFFでのトレーニングシーンでは、まさにズラタン本人がプレーしているかのようでした。グラニト・ルシティの走るスピード、ボールコントロールは本物のフットボーラーのようです。
360度アングルのカメラワークも素晴らしく、観ている私たちがあたかもピッチ上にいるかのようです。実際にボールや選手が向かってくるような、臨場感を味わえます。
グラニト・ルシティは元々は俳優ではありませんでした。スウェーデンのマルメから少し離れた小さな町にある、エスロフスBKという4部リーグのサッカー選手だったのです。
そんな彼が一番苦労したのが、イブラヒモビッチの話し方に似せることでした。イブラヒモビッチのスウェーデン語は、非常に特殊なアクセントを持っているようです。
しかし、イブラヒモビッチはこの映画を見たあと「彼はまるで俺のように話している」と言ったそうです。
スウェーデンについてVolvo、IKEA、H&M、Spotifyなどの世界的な企業のイメージ、北欧の福祉国家であり、国民幸福度が高く国旗のカラーのように明るい国である、という認識ぐらいしか私は持っていませんでした。
しかし、映画『I AM ZLATAN』で移民2世であるズラタン少年の目からみたスウェーデンの暮らしは、暗く殺伐としたものです。
治安の悪い地域で生まれ育ち、マイノリティとして社会に適応できず、傲慢で自己顕示欲が強く、怒りの衝動を抑えられない。こんな少年ズラタンが世界的なスーパースターに上り詰めるなんて、誰も予想だにしなかったでしょう。
家族、コーチ、チームメイト、代理人、地元の仲間、さまざまな他者と関わり、翻弄され傷つきながらも、少しづつ他者に心をひらいていく様子が映画で描かれています。そういった積み重ねで現在のズラタン・イブラヒモビッチが奇跡的に存在しています。
私は映画『I AM ZLATAN』を単なる必然性のなかの成長物語として捉えませんでした。私たちの人生はいかに偶然の産物であるかということを考えさせられたのです。
人生は偶然に満ちていて、無数の分岐ルートがある。つまり「今のあなた」ではない「別のあなた」が無数に存在したのです。
あなたはもしかしたらズラタンでありえた。
ズラタンもあなたでありえたかもしれない。
6/17(土)かなっくホールでの上映後には、アヤックスサポで大のズラタンファンのフリーアナウンサー倉敷保雄さんにイブラの魅力をたっぷり語っていただきます!
「ヨコハマ・フットボール映画祭 2023」は6/17(土)-18(日)にかなっくホール(東神奈川)、6/19(月)-23(金) シネマ・ジャック&ベティ(連日20:00-追っかけ上映!)にて開催します。
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