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2002W杯戦士、明神が10年先の戦術を遂行していた事実に気が付いてしまった話。

「完璧なチームとは、8人の明神と3人のクレイジーな選手で構成される」

これは2002年の日韓共同開催のワールドカップで指揮を執ったフランス人監督フィリップ・トルシエの有名な台詞である。

長らく私はトルシエが明神を賛美した言葉をそのまま受け止めていた。
しかし、20年経って明神が引退した後、この言葉はトルシエの監督としての無能さをあらわにしていた言葉であることに気づいた。

それはトルシエが明神というプレーヤーは黒子となり1人の力でチームの戦術を作り出してしまう画期的な選手であったことを理解していない証拠でもある。

そう、明神という選手がいるだけで今や主流となった「可変システム」戦術を遂行できていたという驚愕の事実を発見してしまった。

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先日の日本代表 vs U24日本代表の試合を観て、日本に一番に欠けているいるのは明神のような黒子のプロフェッショナルな選手であると感じた。

U24日本代表に関しては当落選上の選手を出場させることによって、全員が自分のアピールに必死でチームとしての機能性は全くといってなかった。

先日のチャンピオンズリーグ決勝のマンチェスター・シティvsチェルシーも黒子の存在の有無が結果にあらわれた試合だと私は考える。

チェルシーはボランチにカンテ、右センターバックに主将アスピリクエタという素晴らしい黒子役がいて危機察知能力と何気ないカバーリングによりシティの攻撃を無効化させていた。

対してマンチェスター・シティはアンカーにギュンドアンを置くことにより、守備よりも中央のローテーション戦術を取り入れ、より攻撃的な布陣をとった。

もし、アンカーの位置にベテランのブラジル人フェルナンジーニョをスタメン配置していたら、フェルナンジーニョはシティの守備のバランス面の黒子役として安定をもたらしたのではないか。

1ー0という僅差で格下と見られていたチェルシーがヨーロッパクラブの頂点を手にした。

そして、圧倒的な危機察知能力でボールを奪取し続けた30歳のフランス代表MFエンゴロ・カンテがこの試合のマン・オブ・ザ・マッチを受賞した。

現代サッカーにおいても黒子役の選手が試合のキープレーヤーであることは変わりがない事実であることをカンテは証明した。


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先日、録画していたテレビ東京の『FOOT×BRAIN』【元日本代表が提言!組織を支え自らも輝く“黒子の哲学”】という引退した元日本代表選手の明神智和の特集を観た。

この番組を観たあと、私は明神という選手は歴代日本代表の中でも唯一無二の選手であったことを気づいてしまった。

彼は小野伸二、遠藤保仁、高原、小笠原、稲本、本山、中田浩二といったスター選手が揃う黄金世代に生まれてしまった。

その熾烈なポジション争いの中で、明神はある決断をした。

それは才能あふれる選手たちが気持ちよくプレーし輝けるよう黒子役になることであった。

スター選手たちを支え、彼らを輝かせる明神の存在はチームに欠かせない存在になり、黄金世代の中でレギュラーとして活躍したのである。

シドニーオリンピック、2002年日韓W杯という大舞台で明神は戦術の要としてチームの勝利に貢献できたのだ。

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ボランチというサッカー用語を生み出したブラジルは、このポジションをしばしばこう表現する。

カレガドール・デ・ピアノ
(ピアノの運び手)

ピアニストとなる攻撃のタレントのために、重いピアノを運ぶ労働者、つまるところ黒子である。

「ピアノの運び手」として真っ先に思い浮かべるのが、レアル・マドリーの銀河系軍団の中でワンボランチとして奮闘したクロード・マケレレである。

多くの人からギャラクティコス(銀河系軍団)の「隠れた宝」とみなされているクロード・マケレレは、21世紀初頭のレアル・マドリーで最も重要な選手の一人であった。

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上記のフォーメーションを見て欲しい。
ロナウド、ラウール、ジダン、フィーゴ、ロベカル、グティと攻撃的なタレントを集めたチームはまさに銀河系軍団である。

そのスター選手たちはすさまじい攻撃力を備えてるいるが、守備という面ではまったく役に立たない。

守備という汚れ役を一手に引き受けたのがマケレレであることが一目でわかるフォーメーション図であろう。

彼がいなければ、多くの才能ある攻撃的選手をチームに集めることはできなかっただろう、守備の局面ではそれを補う存在であり、まさに黒子役に徹した名選手であった。

この銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)は01−02シーズンではチャンピオンズリーグを制覇した。

02-03シーズンはCL連覇こそ逃したものの、リーグとUEFAスーパーカップ、インターコンチネンタルカップを獲った。

そして、03-04シーズンに当時のスーパースターであったディビッド・ベッカムを獲得した。
フィーゴとポジションが被る選手を獲得する必要があったとは思えないが、それよりも問題はクロード・マケレレの給料が上がらないことだった。

マケレレは、このロス・ガラクティコスに不可欠の存在だった。

スターばかりのチームで重要なのは、スターよりもスターを支える人材なのは自明の理なのだが、フロレンティーノ・ペレス会長はスターの給与を優遇したのである。

そして、マケレレの増額要求は却下され、熱烈なオファーが届いていたチェルシーへ去る。

メンタル面でチームを支えていたフェルナンド・イエロ、そしてモリエンテスも我慢の限界とばかり去って行った。

03/04シーズンではスターばかりを揃えた銀河系軍団レアル・マドリードは完全にチームとして崩壊し国内リーグ4位、CLはベスト8という成績に終わる。

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世界的な黒子役であるマケレレと明神を比較してフィジカル面や技術面ではマケレレが数段も上をいくプレーヤーであることは間違いない。

しかし、味方のフィールドプレーヤー10人全員の特徴や性格を分析し、その味方プレーヤーがどれだけ気持ちよくプレーできるかを考えながらプレーする献身性。
味方の最大限の能力を引き出してあげる黒子役のサッカー選手としては、世界を見渡しても明神智和という日本人選手が唯一無二の存在であると私は考える。

次の画像をみて私は驚愕した。

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上記は2002年W杯グループリーグ第2戦のロシア戦の布陣である。
3−5−2の布陣で明神は右ウイングバックである。

ご存知のとおり、1−0でロシアに勝利し、日本がW杯で初勝利をおさめた歴史的な試合である。

そこでYouTubeで当時の試合をハイライト見返してみた。

この試合の唯一の得点となった決勝点は、オーバラップしてきた左ストッパーの中田浩二からのアーリークロスを柳沢がうまく落として、前線に上がっていた稲本が冷静にしっかりと決めた。
そして、この場面でも左ウィングバックで出場した小野伸二はゴール前中央にいる。

この場面以外にも中田浩二は頻繁にオーバーラップしている。

そして、攻撃時の画面には明神の姿は映っていない。

おそらく、稲本が前線に出ていけば明神は右ウイングバックのポジションを捨ててボランチの位置にカバーしている。

そして、小野は左ウイングバックながら中央でゲームメイクをする事が多い。
その空いた左のスペースを左センターバックの中田浩二がオーバーラップして攻撃に参加する。

この時、明神はTV画面には映っていないが宮本、松田が左にスライドして明神が右のストッパーのポジションを埋めている。

そう明神はゲームの流れの中で右ウイングバックというポジションを捨てて、ボランチに入ったり後ろのストッパーに入ったりと自らの危機管理能力でポジションの概念を捨て去っていたのである。

そのことにより、小野や稲本が自由に攻撃参加する事ができ、相手チームのマークがズレが生じて日本代表の攻撃がスムーズに有効化されていた。

そして、守備時においても明神の危機察知能力とシンキングスピードにより、右ウイングバックという持ち場を捨てて即座に危険なスペースへ移動し相手の攻撃の芽を潰していたのである。

まさに明神は個人で現在の主流戦術である「偽ウイングバック」「可変システム」を遂行していたという驚愕の事実に気づいた。

もしこれがフィリップ・トルシエの戦術であれば彼はペップ・グアルディオラより10年以上も先にポジションの概念を打ち破るイノベーターとして歴史的な監督となっていることになる。

私は急いで2002年W杯以降のトルシエの実績を調べた。

・2003年7月、カタール代表監督に2年契約で就任するも、2004年7月に成績不振で解任。
・2004年フランスのオリンピック・マルセイユ監督に契約期間は2年で就任。リーグ5位になったが、04-05シーズンではUEFAチャンピオンズリーグおよびUEFAカップ出場権を獲得できず、2005年6月に解任。
・2005年10月、2010年ワールドカップまでの5年契約でモロッコ代表監督に就任したが、同年12月モロッコサッカー連盟と決裂し代表監督を解任。
・2011年2月、中国サッカー・スーパーリーグの深圳紅鑽の監督に就任した。同年のスーパーリーグで深圳紅鑽は最下位(16位)となり2部に降格。
・2014年12月、中国サッカー・スーパーリーグの杭州緑城足球倶楽部の監督に就任したが、2015年7月1日、成績不振により解任された。

この監督実績をみて、やはりトルシエは控えめに言っても平凡な監督であったことは間違いない。

「完璧なチームとは、8人の明神と3人のクレイジーな選手で構成される」

これはトルシエの名言でもなんでもない。

明神がチームにいることにより、チーム全体の攻撃や守備がスムーズに展開されていることをトルシエは言語化できなかったにすぎない。
エキセントリックな言動だけが特徴のフランス人監督のサッカーIQの低さをあらわす言葉であった。

偽サイドバック戦術は10年後ペップ・グアルディオラが率いるバイエルンミュンヘンで「アラバ・ロール」としてポジションの概念を打ち破るイノベーションを起こした。

そしてグアルディオラはマンチェスター・シティに移った現在でも「カンセロ・ロール」として偽サイドバック戦術を遂行し続けて今シーズンのプレミアリーグ優勝に導いている。

たしかに明神が自身の判断で行った「偽ウイングバック」はグアルディオラが思考しているものとは違う。

グアルディオラの「偽サイドバック」戦術はサイドバックが攻撃時になると外ではなく、中央にポジションを取り、ミッドフィルダーのように振る舞う。

「偽サイドバック」を行うことで中央で数的優位を作り出すことができ、ボールポゼッションを安定させ、試合の主導権を握りやすくなる戦術だ。

これを実践するには、5レーン理論、ポジショナルプレー、インナーラップといった複雑なプレーを理解する必要がある。

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繰り返しになるが、明神は味方のプレーヤー10人全員の特徴や性格を分析し、その選手が気持ちよくプレーできるようにコーチングの仕方まで選手ごとに使い分けていたほどの気が利く選手である。

試合になれば味方プレーヤーの思考をいち早く察知し、ポジションを捨ててスペースを埋めるため走り続けたのである。

明神は松田直樹とよくコミュニケーションをとっていたそうだ。

おそらく、左のウイングバックの小野伸二がより攻撃的で中央によりがちだったため、左サイドからの敵の攻撃に備えるために明神に下がってきてもらう必要があったからであろう。

トルシエはともかく、他の日本人監督や分析家の多くが日韓W杯の明神のプレーをみていたはずだ。

明神という選手個人で行った「偽ウイングバック」「可変システム」を言語化して、戦術に落とし込んだ人間は誰もいなかった。

ポジションという概念をぶち壊すようなイノベーティブな発想は、そうやすやすとできることではないのだろう。

古今東西をみても戦争における天才的な戦術家というのは滅多に出てこないらしい。

アレクサンダー大王
ハンニバル・バルカ
孫子
ナポレオン・ボナパルト

日本でいえば源義経くらいだといわれている。

それだけ凝り固まった概念を打ちこわして、新たな戦術を生み出すのは一握りの天才でしか成しえない。

IT業界ではアップルのスティーブ・ジョブズ、アマゾンのジェフ・ベゾスあたりであろうか。

サッカー界では、やはりペップ・グアルディオラとなるだろう。

次点でいえば、リーズ・ユナイテッドを率いているマルセロ・ビエルサ監督も天才的なイノベーターの部類に入ると思う。

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黒子役としての選手だけでなく明神の凄みは、その技術の高さである。

絶妙の距離感と阿吽の呼吸が全盛時のガンバ大阪のパスサッカーを支えていたが、西野監督が嫌った「パスのノッキング」を中盤で起こすこともなく、明神はシンプルだが、効果的にボールをさばくのだ。

黒子。汗かき役。職人。いぶし銀。

全てがそのプレースタイルに合致するのだが、ピッチ内外における明神の良さを知るのが、付き合いが長い山口智ヘッドコーチである。

「明さんは下手だから黒子をやっているわけじゃない。ミスが少なくて、基礎技術が高いし、安心してボールを預けられた。それに攻撃時も、前に出て行くところの嗅覚があるし、僕らが前に攻め上がっても絶対にカバーしてくれているやろうなという安心感もあったね。ああいうタイプの選手は今後も出てこないだろうなと思う。僕が思うに単なるボランチというよりは中盤の選手だった」

「ピアノの運び手」という言葉では明神は言い表せない。

「ピアノも運べる、オーケストラの指揮者」

黒子役として味方選手を輝かせるが、その結果としてチーム全体にハーモニーを生み出すことができる選手、それが明神智和である。

自分は光らなくていい。
明神はチームを光らせる名人であった。

引退会見で明神はこのような発言をしていた。
「第2、第3の明神はすぐ出てくると思います」

私はそうは思わない。

“ブンデスリーガ最強のデュエル選手”との称号を手にした遠藤航は間違いなく日本の歴代最高のボランチだと思う。

しかし、第2の明神ではない。
それは明神の黒子の哲学を継承していないからだ。

うまい選手はこれからいくらでも出てくるだろう。

第2のメッシさえも出てくると思う。

黒子に徹し味方選手をどれだけ気持ちよくプレーさせるかを常に考えながらプレーし、結果的にチーム全体を輝かせる希少な選手。

味方のためにスペースを埋め走りまわることよって、従来の戦術の概念を打ち壊した画期的な選手である明神。

そんな第2の「明神」は今後なかなか出てこないと思う。




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なみへい
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