ヒトカラとしょっぱい記憶
私のストレス発散方法は一人カラオケだ。
そんなに頻繁に行くわけではないが、行くとなると最低二時間は歌いたい。
一番望ましいのは、お得な平日ドリンクバー付き三時間パック。
一人で三時間も持つのか、と問われそうだが意外と充実した時間が過ごせる。
誰かと行けばいいのに、というのは野暮な言葉。人と一緒に行くと気を遣うし、練習にならない。むしろ人と行くカラオケは苦手なのだ。私は声がまずいし歌が下手だ。そんな私の歌を無理やり聴かせるのはヒドいと思うので、一人で歌うのだ。
なにより一人だと思う存分シャウトできるし、精密採点で機械に歌声をジャッジしてもらえるのでいい。
機械には情など無いので、アイツの言うことは正しいんだろうな、と褒められれば良い気分になり、指摘されれば素直に反省できる。
今では恥ずかしげも無くこうして一人カラオケに行く私だが、かなり大きくなるまで歌うこと自体が苦痛を伴う行為だった。
あれは私が小学校三年生くらいの出来事だったろうか。
車で外出中に音楽を流してもらいながら姉と兄、三人で一緒に歌を歌っていた。
あの頃は、とんねるずが大人気で「ガラガラヘビがやってくる」なんかを無邪気に歌っては笑っていた。私が熱唱していると、姉と兄が顔を見合わせているので「どうしたの?」と訊くと、二人はヘラヘラ笑いながら「なんか、気持ち悪くね?」と言ったのだ。
歌うことが大好きだった私は、ガーンとなって(自分の歌は気持ち悪いんだ)と思い、それから人前で歌えなくなったのだった。
学校で校歌を歌わなくてはならない時などは、もちろん口パク。
だがある時、いつも通りに口パクしていた私に目をつけた担任の先生が近付いて来て、私の口元にソッと耳を近づけてから「ちゃんと歌いなさい」と言って去っていった。
歌いなさいと言われても、大勢の前だと声が出なくなっていた私は泣きそうな思いを堪えて、後ろ手を組んで歩いている先生を睨むばかりだった。
そんな悲しい出来事を経て、いつどうやってまた歌を取り戻したのかは覚えていない。
きっと人前で歌わざるを得ない状況に何度も遭遇して、徐々に慣れていったのだろう。
先日ふと思い出して、あの車の中で言ったことを覚えているかと姉に訊いたら
「全然覚えてない。そんな酷いこと言ったの?」と言われた。
往々にして発言した当人というものはそんなもんだろう。
私は勝手に傷ついていただけなのだ。
この間、久しぶりに一人カラオケに行ったときの帰り際、通路のベンチに座っていたら近くの部屋から、若い女性が歌うアンパンマンのテーマソングが聞こえてきた。
そのか細くて不安定な可愛らしい歌声を何となく聴きながら迎えを待っていると、次にそのお姉さんはZARDの「負けないで」を歌い出した。
一人カラオケならではの選曲だな、疲れてんのかな、励まされたいのかなと思いながら帰路についた。
あのお姉さん、三曲目は何を歌ったんだろう。