【散文】百合
その人の部屋には百合が生けられていた。
「『夢十夜』の第一夜がね、この世にある文章のなかでいっちばん好きなの」
彼女の言葉に、僕は知ったかぶりをして右の口角をちょっと上げた。
「でもさ、」
彼女はため息を吐くついでに言う。
「たまに、この花をずたずたに切り裂いてやりたいって思うときがある。匂いが、あまりにも鬱陶しくて」
その指は愛おしそうに、純白の花びらを撫でていた。
いっつも矛盾ばかりで、自分が嫌になるわ。
そうやって百合の花とともに笑うあなたを、あなたのその頬のような部分をもっている人間という存在を、僕はとても綺麗だなと思った。
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