【小説】続き
(906字)
ベッドの上で目覚めると、あなたがいなくなっていた。
わたしはアパートを飛び出し、あなたを探した。
夜の冷たい風が、無防備な身体を容赦なく刺した。
あなたは、映画が好きだった。
わたしの部屋に来るときは必ず、コンビニの袋とレンタルショップの袋を下げていた。
「今までみた映画で1番好きな映画は?」
わたしが訊ねると、あなたは、
「考えたこともなかった」
と答えた。
しばらくしてから、
「『ショーシャンクの空に』にブルックスっていうおじいさんが出てくるんですけど。僕は、あの人のことがたまらなく好きです」
と付け足した。
あなたがいなくなる数時間前、あなたはわたしに、秘密を打ち明けた。
それはあなたの、大切なひとの話だった。
わたしは何も言えなかった。
一緒に泣いてあげることも出来なかった。
だって、あなたの心のほんの片隅にすら、わたしがいるべきスペースはなかったんだと、思い知らされたから。
すべてを話し終えて、まだ小さく震えていたあなたの背中を、わたしはベッドの上に横たわって眺めていた。
それは、夢のなかにいるんじゃないかと錯覚してしまうほど、綺麗なワンシーンだった。
たぶん、見惚れているうちに、本当に眠ってしまったんだね。
テーブルの上にタバコを置いて行ったのは、わざとなのだろうか。
あなたが行きそうな場所なんて、見当もつかなかった。
わたしたちはお互いのことを、本当に、何も知らない。
"もうあの人はこの世界にはいないんだよ"
そう言われたとしても、わたしはきっと、感情とはまったく別のところで、「ああ、やっぱりね」と納得しまうのだろう。
あなたのことが好きだとは、もう思わない。
惨めになるだけだし。
これから先、わたしたちの人生が交わることは、二度とない。
わたしは少しずつ、あなたのことを忘れていって、忘れたこともいつかは忘れる。
それでもさ。
どうせ生きていくなら、あなたがいる世界のほうがいい。
わたしがここにいて、あなたがそこにいて、お互いの存在を気に留めることすらもできないまま、わたしもあなたも普通に生きている。
そういうのが、いちばんいい。
だから、あなたを探しに行く。
そして、もしもあなたを見つけたら、伝えるつもりだ。
「生きて」と。
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