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幸せってなんだろう


失恋した時に,「人生終わった」「私はもう一生幸せにはなれない」と絶望に陥ったことはありませんか?
愛する恋人と過ごした日々が走馬灯のように甦り,ありとあらゆる生活の場面で愛し合った日々を連想してしまう…そんな経験。
それはごく当然の思いです。心から愛した人がいなくなってしまうことは,時間や心に穴が空いてしまう悲しい出来事だからです。
私は今まさに,この絶望と戦っています。

生まれてはじめて,結婚したい,この人と家庭を築きたいと思えた素晴らしい人と出会いました。
幸運にも恋人同士になることができ,後にプロポーズもされました。
けれど幸せ絶頂のプロポーズからたったひと月で,私たちの夢は終わりを迎えました。
理由は外的要因。これ以上はかけません。
必死に状況は好転する,大丈夫なんとかなると自分に言い聞かせてきましたが,そろそろ限界。心が疲弊しきってしまいました。

この悲しい事実を受け入れるために,私なりに必死に考えました。
本当に愛する人を失ったことと,自分が幸せになれないことはイコールなのでしょうか。
幸せってなんだろう,そもそも幸せの定義とは?

まず命があること。
生活できるためのお金があること。
そのお金をいただける仕事に就けていること。
ボーナスの出ない企業もある中で,年に2回もらえていること。
冬は寒さをしのげ、夏は暑さを回避できる快適な家に住めていること。
なんでもできるスマートフォンがあること。
ライフラインが充実している国に生まれてこれたこと。
体調が悪くなれば、好きな病院を選んで医療を受けられること。

まだまだありますが、これらは決して当たり前ではありません。
戦争や政治により、この全てが手に入らない環境の人たちがいるのです。
だから何?って思うかもしれません。
けれど、それだけ私は恵まれた環境で生きていると、気付けることが重要なのです。
当たり前に見えるけれど、当たり前じゃない。
私はとても恵まれているんだ、そう感謝できると、世の中が今までとは少し違った世界に見えてくるのです。

もちろん、愛する恋人が居る世界ほど、「幸せだな」と実感できる日々はありませんでした。
それでも、例え心から愛した人が居なくなってしまっても、自分の周りを見渡せば、形の違う幸せがたくさん散らばっています。
そしてそのうちに、これだけ愛し合えた人と出会えたこと、ご縁を持てたことにも感謝できる日が必ず来ます。

幸せは、物事の捉え方を変えれば、どんなことにも感じることができます。
幸せの定義とは、「すべて解釈次第」ということです。

私は恵まれています。
私は、とても幸せです。
だから大丈夫。
命に感謝。
仕事に就けていることに感謝。
お給料をいただけることに感謝。
何不自由なく生活できる環境に感謝。
貴方と過ごしたとっても楽しかった日々に感謝。

生まれてきてくれてありがとう。
私と出会ってくれてありがとう。
私を愛してくれてありがとう。
いっぱいの幸せを、ありがとう。

私は、とても幸せです。

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