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兵庫県林業賞を受賞しました!

 この度、マモちゃんこと仲しい茸園の園長の仲守(なかまもる)が令和二年度の兵庫県林業賞を受賞させていただきました。祖父である仲富男(なかとみお)と親子二代にわたり兵庫県林業賞受賞となりました。これも、皆様に支えていただいたお蔭です。ありがとうございます。

 どんな想いで受賞されたのか、マモちゃんに感想を聞きました。

「どうなんでしょう…。」
「まあ、地道に原木しい茸の普及をしてきたことを認めてもらえたことが嬉しいなぁ」

そうつぶやくように言っていました。この言葉に込められた意味はとても重いなと感じました。

 これまでの40年近くの歩みは決して楽ではなかったのは、何となくわかります。どうだったのでしょうか、と聞くと

「我々の時代は、中国産のしい茸が出てきて、最盛期でやっていた人がどんどん辞めて行かれた時代やったんよ」

と教えてくれました。マモちゃんがおじいちゃんから引き継いだ頃の日本は高度成長期の真っただ中の昭和50年代。猪名川町にしい茸農家が百軒以上もあり、しい茸組合は二つも存在していたんだそう。猪名川は山がちな地形で、古くからの里山も残っていた為、しい茸栽培に適しており、一時はしい茸の栽培がとても盛んでした。

「当時はそれこそ、オート三輪で市場に毎日出荷していたんよ」

市場って農協さんですか?と聞くと

「いやいや、大阪中央市場。その後、なかなか高く取り扱ってもらえなくて、西宮にあった市場にもっていったり、最後は京都青果市場にも持って行っていたんよ」

中国製のしい茸の価格に押されて、しい茸農家の後を継ぐ人はいなくなり、今では生産者の高齢化も進み、残るの生産者は数件を数えるほどになってしまったんだそう。

「組合を作って売るというのは、初期の時代。我々の時代は、小売りの時代やったんよ。どうやって『仲しい茸園』の名前を知ってもらうかが大切やったなぁ」

その為に、市場ではない売り先に営業をしたり、採りたてのしい茸の味を楽しんでもらえるようにバーベキュー園を始めたという事。そうした変革はとても大変だったと感じた。

 また、阪神北県民局さんから『北摂原木しいたけ振興協議会』のお話をいただき、三田・能勢・猪名川などの地域を超えた交流を深めることにも取り組んできたんだと教えてもらいました。まもちゃんは『北摂原木しいたけ振興協議会』の会長を立ち上げからこれまで勤め、時にはFM宝塚さん等にも出させていただきながら、原木しい茸の美味しさやすばらしさを伝え、普及を続けてきた。そうした、地道な活動があって、今の仲しい茸園があり、今回の受賞させていただくに至ったのだと教えてもらいました。



 大きく変化している時代の中で、日本の里山を残す、農業を次世代に伝えていく、ということの壮絶さを教えてもらったように思います。


 最後に、今回の受賞にあたり“兵庫の林業2021年1月合No.295 ”より、ご紹介文を抜粋させていただきます。

『優れた原木しいたけの栽培技術の確立と地域林業活性化に貢献』

“仲守氏は、昭和57年に父から原木しいたけ生産業を引き継ぎ、生産量の増大やコスト削減、品質向上に努められるとともに、収穫体験やバーベキューも楽しめるしいたけ園により経営の安定化に努めたほか、北摂しいたけ振興協議会会長を長年務め、北摂原木しい茸の積極的な販売家戦略を展開し、地域林業の活性化に貢献されました。

 受賞させていただいたのは、皆様からのご愛好あっての事です。ありがとうございます。これからももっと美味しいしい茸作りに取り組んでまいります!

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