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あの人の文章が面白い理由、自分の文章がつまらない理由


「どうしたら中野さんみたいな面白い文章が書けるようになりますか?」
と、よく聞かれるようになった。

ここ最近は、文章を書くことについて意識して発信をしているので、こういった質問をいただくことはとても光栄だなあと思う。


先に言っておくと、私はライターでもなく編集者でもない。文章の書き方を体系的に学んだことも、ない。絶望的なくらいに文章ド素人だ。

それなのに、「中野さんのnoteが面白くて」「中野さんの文章に惹かれて」と、お客さんが私のもとにきてくれて、お仕事が生まれている。文章でご飯を食べている、と言ってもいい。間接的だけど、自分の文章を介してお金を得ているのだから。


そんなこんなで、そろそろ文章について語っていいよね?と思うようになった。文章のプロではないからこそ、「書きたいのに書けない人」に受け取ってもらえる表現を見つけられる自信がある。


だからこれから書くことは、 "文章が面白い"文章ド素人 からのアドバイスだと思って受け取ってほしい。「どうしたら面白い文章が書けるのか?」文芸的根拠はないけれど、私個人の感覚を言語化していきたい。



その文章は、あなたの人柄が伝わるか。


まず第一前提として、面白い文章とは、人柄が伝わる文章だ。あなたの文章は、あなたの顔が見えるか?ということを気にして書いてみてほしい。


Googleで調べたら出てくるような”情報”は、私たち現代人はもうお腹いっぱいになっている。インターネットの流行り始めは、発信者の絶対数が少なかった。発信者の絶対数が少ないということは、ネットの海に置かれている情報量も少ないということ。つまり、確かに”情報”を発信することに意味も価値もあった。

でも、今の時代は違う。発信者が、あまりに多すぎる。自分が持っている”情報”なんて、もうとっくのとうに何処かの誰かが発信しつくしてしまっているのだ。読み手は、「なるほどねー(スワイプしゅっ)」で画面から去ってしまい、この記事を書いた人がどんな人か?なんて、意識をしない。


私は、「この記事を書いた人って、どんな人なんだろう」と読者に思わせることが、面白い文章をつくるコツだと思っている。面白くない文章には、人柄がない。面白くない文章は、そこに人間がいないのだ。



感情の「直訳」をしない


「人柄が伝わる文章を書きましょう」という話は、意外と多くで語られている。「個の時代」の流れもあいまって、自分の想いを発信している人は多い。この文章の奥には人間が居そうだな、という文章は年を追うごとに増えてきた。

しかし、それだけで面白い文章になるかというと、まだ足りない。「この記事を書いた人って、どんな人なんだろう」と思わせるには、またひとつ、コツがある。それが、感情の描写だ。

面白くない文章は、みんな感情表現が「直訳」なのだ。


私は音楽が大好きなのだけれど、基本邦楽しか聞かない。なぜなら、洋楽は歌詞の意味をオーガニックに受け取ることができないからだ。語学が苦手な私は、義務教育で習ってきた英語の感覚を元に歌詞を直訳をしてしまい、むずがゆくなってしまう。

私には、QUEENの「We will rock you」をすぐに「俺らが世界をあっと言わせるぞ」なんて意訳をすることはできない。でも逆に言えば、日本語詞はオーガニックに受け取ることができる。ネイティブだからこそ、日本語特有の色味を受け取ることができる。(もちろん、どんな日本語だって100%を受け取るは難しいけれど。)


じゃあ、感情を言葉にするときはどうだろう。

あなたは文章を書くとき、自分の感情を「直訳」してしまっていないか。

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