【脚本】彼女の距離感
多様性を受け入れた現代の高校生の友情物語。
登場人物
中里栞(15)高校一年生
上原由紀乃(15)栞のクラスメイト
根路銘すず(15)栞のクラスメイト
翁長友広(15)栞のクラスメイト
初美(15)
女子A
教師A
〇沖縄県那覇市・全景
南国、異国情緒ある都市。
○首里学園高等部・全景
校門にシーサーの置物。
赤瓦の屋根。新品の綺麗な校舎。
高台に建つその校舎は那覇の街並みとその奥に広がる青い海が一望でき
る。
根路銘の声「友達リスト?」
〇同・家庭科室・中
ミシンが並んでいる。
中里栞(15)と凛とした顔立ちの男子生徒(15)が座りながら話
す。
栞 「そ。私、小さい頃から転校ばっかで、友達になってもすぐに離れちゃうの。だから友達になったらこうやって、手帳に名前を書いて貰ってるって訳」
と、男子生徒に手帳とペンを渡す。
男子生徒はためらいながら、手帳に『根路銘』(ねろめ)と書く。
根路銘「ってか、俺らもう友達だば?」
栞 「だば?」
根路銘「あ……俺らもう友達、なの?」
栞 「今も話してる。友達だからでしょ」
根路銘「(苦笑)距離感メチャクチャだな。さっき教室で挨拶したばっかだろ」
栞 「(笑)これくらいじゃなきゃ、1200人も友達できないよ」
根路銘「え! そんなにいるば」
栞 「(手帳を指し)下の名前も」
根路銘「……」
根路銘、下の名前を書き、栞に手渡す。
栞、手帳の名前を見遣る。
『根路銘すず』
栞 「(さらっと)ありがと。根路銘君」
と、立ち上がる。
根路銘、その反応に少し驚き、
根路銘「驚かないんだな。名前」
栞 「根路銘? 珍しいけど、既にいるし」
と、手帳の名前を見せる。
根路銘「じゃなくて、下の名前」
栞 「あー、とっくに気付いてたし。それに ここ(手帳)にはレズもアジア系も車椅子の子もいるし。最早、普通と言うか」
根路銘「普通……」
栞 「でもここ、男子の制服ちゃんと着れるんだね。校舎は新しいし、トイレも綺麗だし、ミシンも沢山あるし。いい学校だね」
根路銘「お前、何か面白いな」
栞 「そう? ね、それより次はどこ案内してくれるの? あ、ここ準備室?」
根路銘「あ、そこは……」
栞、準備室のドアを開ける。
ガチャ。
栞 「あ……」
そこには一人でお弁当を食べる少女がいる。上原由紀乃(15)。
栞 「あれ? ボッチ?」
由紀乃は恥ずかしそうに視線を逸らす。
栞 「(にんまり)同じクラスだよね。よかったらここに名前(書いて)……」
と、由紀乃のもとに行こうとすると。
根路銘に腕を掴まれて、止められる。
栞 「え?」
根路銘「悪かったな、由紀乃」
根路銘は栞を引っ張っていく。
栞 「ちょ、待ってよ」
根路銘「そっとしとけ。あいつは人付き合い苦手だから」
栞 「私なら誰でも対応できるのに……」
と、振り返る。
〇同・付近のバス停
ずらりと名前が並ぶ手帳。
を、見ながらニヤニヤしている栞。
バスがやってくる。素通りしていく。
栞 「!!! え、何で!?」
由紀乃の声「手を挙げるんです」
栞 「?」
いつの間にか由紀乃が後ろにいて。
由紀乃「こうやって、タクシーみたいに手を 挙げるんです。じゃなきゃ止まりません」
栞 「そうなんだ。(笑み)ありがと」
由紀乃は栞と一歩距離を取る。
栞 「あ、それ、かわいいね」
と、指す。
由紀乃の鞄についたゴーヤーのキャラをしたキーホルダーだ。
由紀乃「もうボロボロですけど」
栞 「買い換えないの?」
由紀乃「どこに売ってるかわからなくて」
栞、スマホを取り出して、キーホルダーを写真に撮る。
由紀乃「ど、どうして撮るんですか」
栞 「クラスのグループメッセージに入れて貰ったの。誰か知ってるかもだし」
由紀乃「無駄だと思いますけど」
栞はスマホを操作している。
すると、画面にバナー通知。
『知り合いかも:大森杏』
栞、親指ですっと通知を隠す。
栞 「寂しくなったりしない? お昼一人で」
由紀乃「え、あ……もう諦めましたから」
栞 「ふーん……あ、ね、見て」
由紀乃「?」
スマホの画面には何件かの返信があり、お店の情報がアップされてい
る。
栞 「ここに売ってるって」
由紀乃「!」
栞 「ね。友達は多い方がいいでしょ。近いし、今から行ってみよっか」
由紀乃「え、い、今からですか」
栞、由紀乃に笑みを見せる。
〇国際通り・ゲーム店・前(夕)
栞、唖然と見ている。
由紀乃はガチャガチャを回す。周りには大量の空のカプセルが散らばっ
ている。
由紀乃、出てきたカプセルを開ける。肩を落とす。財布の中を見て、落
胆する。
栞、仕方なく、自分のお金を入れて回す。
由紀乃「え、いいですよ」
栞 「こんなに回したのに悔しいじゃん」
と、回すとカプセルが出てくる。
由紀乃「あ……」
由紀乃、カプセルを開けると、ゴーヤーのキャラをしたキーホルダーが
ある。
由紀乃、笑みが溢れてくる。
栞 「(ホッ)片付けようか」
と、空のカプセルを拾っていく。
由紀乃「あ、あの、これ、上げます」
と、ハズレたキーホルダーを差し出す。
栞 「(苦笑)いや、いいよ」
由紀乃「あ、じゃ……」
と、鞄から何かを取り出して差し出す。
それは錠剤の薬。
栞 「? 何これ」
由紀乃「イライラを抑える薬です」
栞 「イライラ? そんなのあるの?」
由紀乃「実は気になってたんです。中里さん、今日ずっとイライラしてたから」
栞 「!」
由紀乃「試してみてください」
栞 「(ハッとして)え、試すって、今?」
由紀乃「(ニコニコと笑顔の圧で)……」
栞、何だか怖いが、口に含み、苦笑する。
〇マンション・中里家・LDK・中(夜)
薬の包装に書かれた薬品名。
を、目を細めて見遣る栞。
薬品名をPCに打ち込み、検索する。
『発達障害』
『ADHD』
『衝動性』
それらの記事を読む栞。
栞 「うわぁ……」
栞、手帳を広げて、見遣る。
そこには『上原由紀乃』の名前がある。
〇首里学園高等部・教室・中
栞と初美(15)がお昼を食べている。
初美「あの子、中等部の頃から浮いてるの。
空気読めないし、嫌なこと平気で言うし」
栞 「じゃ、自分から避けてる訳じゃなくて、避けられてるってこと?」
初美「勢いで友達になったらダメだよ。中里さんまで浮いちゃうから」
栞 「あー、気を付けるよ。ハハ」
初美「(時計を見て)あ、早くしないと練習始まるよ」
栞 「え? 練習? 何の?」
初美、壁に貼られたポスターを指す。
『首里城秋祭り』
栞 「? あれって地域のお祭りだよね」
初美「この学校の通例で、一年はクラスごとに旗頭やる訳さー」
栞 「旗頭って、なに?」
由紀乃の声「中里さん」
栞 「!!!」
いつの間にか由紀乃が後ろにいる。緊張しているのか、持っているお弁
当が小刻みに震えている。
由紀乃「お、お昼、私も、いいですか」
初美「え?」
栞 「違うの、誤解しないで。(由紀乃に)上原さん、あっちで話そう」
由紀乃、何だか笑みが消え、焦って鞄から薬を差し出す。
初美「え?」
栞 「生理痛! これ、よく効く奴!」
〇同・廊下の隅
栞とお弁当を持つ由紀乃がコソコソ話す。
栞 「えっと……あ! 上原さん、人付き合い苦手だよね。喋るのも億劫だろうし、これからはメールでやりとりしない?」
由紀乃「私、何かしましたか」
栞 「ね、スマホだして」
由紀乃「よく『思ったことを口にし過ぎる』と言われます。何かしたのなら、ハッキリ言って貰えませんか」
と、栞と距離を詰めてくる。
栞 「あ……いいの? ハッキリ言って」
由紀乃「じゃないと、私、わからないんです」
栞 「……浮きたくないんだよね」
由紀乃「え……」
栞 「だって、浮いちゃったら、誰も手帳に名前書いてくれなくなるし。それだけは嫌なの。バカにしてもいいけど。私にとってはそれが大事なの」
由紀乃、俯く。涙を堪える。
持っているお弁当が小刻みに震えている。
栞 「ご、ごめんね」
と、去って行く。
由紀乃「ゆくさー!!!」
栞 「!」
由紀乃「ゆくさー! ゆくさー!」
と、何度も地面を蹴る。
栞 「(辺りを気にし)ちょ、やめてよ。何 言ってるかわかんないけど、わかってよ」
由紀乃「そっちから友達になろうって言ったくせに!」
栞 「だ、だってそっちが悪いんじゃん」
由紀乃「何がですか!?」
栞 「思ったこと口にして、みんなを怒らせて、嫌われて。それから上原さんはどうしたの。みんなと距離縮める努力した? してないよね。だからこうなってるんだよね」
由紀乃「(睨み)……」
栞 「文句があるならみんなと仲良くして。それなら私だって、友達になれる」
由紀乃はジッと一点を見詰め、動かない。
栞 「じゃ、そういうことだから」
と、去ろうとすると、
由紀乃「なら、手伝ってください」
栞、思わず足を止める。
由紀乃「みんなと友達になればいいんですよね。だから手伝ってください。友達作り」
栞 「えぇ……」
由紀乃「早速、今から始めましょう」
栞 「あ、でもこの後練習あるし。そろそろ行かないと。ね」
と、そそくさと逃げていく。
由紀乃はその背中を呆然と見送り……。
〇同・校庭
栞のクラスが集まっている。男子はムムヌチハンター(沖縄の伝統的な
黒い衣装)を着ているが、女子は制服。
中心には全長8メートルの竹筒。その先端には花を模した花飾り。
初美「これが旗頭。那覇の大綱引きで応援の為に挙げてるよ。見た事ない?」
栞、初美の話をちゃんと聞いていない。
遠くで栞をじっと見つめている由紀乃の視線が気になるからだ。
初美「中里さん?」
栞 「ん? は、初めてみるかも。ハハ」
初美「旗頭には『五穀豊穣』とか願いを込める意味合いもある訳。中里さんも何かお願い事した方が良いよ。私も成績上がれーってお願いするし」
栞 「あ、へー、願いね」
初美「ちなみに、あの花はハイビスカスを模してる訳さー」
と、指す。その先に由紀乃が現れる。
栞 「!」
バッチリ目が合い、思わず視線を逸らす。
初美「? ちゃんと見た?」
栞 「あ、うん。合った。目が」
初美、首を傾げるも、流して。
初美「本土ではどんなお祭りがあるの?」
栞 「え? あぁ、ねぶた祭りやだんじり祭りは凄いよ。迫力あって……って、あれ?」
由紀乃がどこかに消えている。
栞、辺りを見渡すもいない。ホッとする。
根路銘「じゃ、始めるぞ」
翁長友広(15)が他2名の男子の助けを借りて、旗頭を持ち上げる。
高く掲げられる花飾り。
栞 「(見上げて圧倒され)うわ……」
由紀乃の声「さーさーさーさー!」
栞 「!」
いつの間にか由紀乃が後ろにいる。
栞 「キャ、キャー!」
その声に翁長は旗頭を倒しそうになる。
さすまたを持った根路銘ら男子達がそれを支える。
由紀乃「さーさーさーさー!」
栞 「な、なに?」
女子達が由紀乃の掛け声に合わせる。
初美ら女子達「さーさーさーさー!」
栞、呆然としている。
由紀乃「(栞に)ほら、一緒に」
栞、仕方なく、やけくそになって叫ぶ。
栞 「さーさーさーさー!」
〇同・中庭
ベンチで本を読む女子A。
を、陰から狙う由紀乃。そして栞。
由紀乃「じゃ、後からフォローお願いします」
栞 「はいはい」
由紀乃はサッと女子Aの元に向かう。
由紀乃「何読んでるんですか」
女子A「え? (由紀乃を見て)え!」
由紀乃「どんな話ですか。面白いですか」
女子A「(固まって)……」
栞、やってきて。
栞 「あれー、二人、何話してるの」
女子Aはここぞとばかりに栞に近付く。
女子A「中里さん、これ(本)読みました?」
栞 「知ってる! メチャ面白いよね」
栞と女子A、盛り上がる。
由紀乃「(入れず)……」
栞 「(笑い終え)ってか、名前、何だっけ」
〇同・家庭科室・中
ずらりと名前が並ぶ手帳。
栞と由紀乃が座って話す。
栞 「効率いいわー。ね、次誰にする?」
由紀乃は手帳を奪い、中の人を指す。
由紀乃「もう横取りされたくありません。次はこの子にします!」
栞 「ってか、準備不足なんじゃない? 誰とでも話合わせられる様に、せめてSNSはチェックしといてよ」
由紀乃「スマホ、持ってないんです」
栞 「あと、女子は複雑だし、男子にした方がいいんじゃ……え、スマホ無いの?」
由紀乃「れ、連絡する相手もいないので」
栞 「切なっ!」
由紀乃「そ、それより、次も女子がいいです。私、女子の友情に憧れてるんです」
栞 「女子に?」
由紀乃「恋バナしたり、同じメイク使ったり、一緒にトイレ行ったり」
栞 「女子ぃ……」
由紀乃「尿意まで合わせるんですよ。女子の絆って凄くないですか」
栞 「ベタベタだよ。ベッタベタ」
由紀乃「浅い付き合いばかりしてるから、すぐイライラするんじゃないんですか」
栞 「え……」
由紀乃「相手と深く付き合えば、ある程度許せると思うんです。この中に特別な人はいないんですか」
と、手帳を捲る。
1ページ目の最初の名前を見遣る。
『大森杏』
由紀乃「この、大森杏ちゃんとか」
パタン。栞が手帳を閉じる。
栞 「もう戻るね」
由紀乃「あ……」
栞、去ろうとする。
由紀乃は栞の前に回り込む。
由紀乃「あの、調子に乗りましたか」
栞 「上原さんってADHDだよね」
由紀乃「え! どうして知ってるんですか」
栞 「それ、みんなに広めて構わない? その方が配慮してくれるかもよ」
由紀乃「あ、いえ、その……」
栞 「嫌だよね。そうやって自分のこと知られるの。あるじゃん、踏み込まれたくない部分って。そういうのわからない?」
由紀乃「……す、すみません」
栞、冷たく扉を閉める。
ピシャ!
由紀乃「(俯き)……」
〇同・同・外の廊下
出て来た栞、プリプリと歩いて行くと。
翁長の声「あれ、中里さん」
栞 「!!!」
後ろから翁長がやってくる。
翁長「何してたの?」
と、家庭科室を見遣る。ギョッとする。
栞 「(焦って逡巡し)……」
翁長「え、上原さんと友達になったの?」
栞、翁長の肩をガッと掴む。
翁長「あが! な、何ねぇ」
栞 「翁長君、上原さんと友達になってくれないかな」
翁長「へ?」
〇守礼の門(夕)
栞と由紀乃が翁長を待っている。
栞 「あいつが言いふらしたら、私は終わるの。絶対友達になってよね」
由紀乃「(俯いていて)……」
栞 「にしても遅いな。ウチナータイムかぁ」
と、スマホを取り出して電話を掛ける。
プルルル……プルルル……。
由紀乃、ほろっと涙が毀れる。
栞 「へ?」
由紀乃「ごめんなさぁい」
栞 「ちょ、昼間のことならもういいから」
由紀乃「何とかしたかったんです。中里さん、冷たいとこあるし、人として何か欠けてる
し、このままじゃロクな人間にならないし」
栞 「(怒りを抑え)謝ろうとしてるよね」
プルルル……ブチ! プープー。
栞 「はあああ!!!?」
由紀乃「(ビクッ!)ごめんなさぁい」
と、泣き出す。
栞 「静かにして!!!」
由紀乃「! (泣くのを我慢する)」
栞 「あいつ、バックレやがった」
由紀乃「お、翁長君は、内部生だから」
栞 「え? 内部生だと何かあるの?」
由紀乃「(言い淀み)……」
栞 「も! なに!?」
由紀乃「あ、暴れたんです。私、中等部の時。 教室で、物投げたり、椅子投げたり」
栞 「え、何してんの!?」
由紀乃「だって。クラスの人に酷いこと言われて。凄くショックで」
栞 「えっと、つまり、翁長も暴れたのを目撃した訳だ」
由紀乃「あ、は、はい」
栞 「そりゃ来ねーわな」
由紀乃「あ、あの……嫌いになりましたか。私が、暴れたって聞いて」
と、何だか下を向く。
栞 「……もしかして、それがきっかけで病院行った? ADHDの診断されたの?」
由紀乃「そ、そうですけど」
栞 「なら、今の上原さんは昔の上原さんと違うよね。薬だって飲んでるし、今も友達作ろうとしてる」
由紀乃「!」
栞 「人は変われるの。私だって変わった。だから、過去に偏見なんて持たない」
由紀乃「……(微笑)そうですか」
栞 「それより、あいつの家、誰か知らないか訊いてみる」
と、スマホを操作する。
由紀乃「これから乗り込むつもりですか。翁長君の家に」
栞 「え、そうだけど。何でわかったの」
由紀乃「何となく、わかってきました。中里さんのこと」
栞 「(苦笑)何それ」
〇翁長家・翁長の部屋・中(夜)
窓は全開。扇風機が回っている。
真面目に勉強する翁長、額の汗を拭く。
バン! と、扉が開く。
栞と由紀乃が入って来る。
翁長「!!! な、何してる!?」
由紀乃「く、臭い! 嫌な香ばしさです」
栞 「ハッキリ言わない!」
翁長「ちょちょちょ、出てってよ」
由紀乃「出て行きません! 友達になりにきました」
栞 「ってか、あんた何バックレてる訳?」
と、栞と由紀乃は翁長に詰め寄る。
翁長「ま、待って。ね、聞いて。だって、無理だから。上原さんと友達になるなんて」
由紀乃「え……」
栞 「もしかして、暴れたの気にしてるの?」
翁長「え? あ、そうじゃなくて。僕は女子と殆ど話さないし、上原さんも似たようなもんだし。そんな二人が急に話し出したら、変な噂立つさ。上原さんもそれは嫌でしょ」
由紀乃「それは、そうですけど……」
翁長「僕と上原さんの間で、男女の友情は成立せん訳。ジェンダーレスとはいかないさ」
由紀乃「あの……でも……」
栞 「そんなの何の問題もない」
由紀乃「え!?」
翁長「何がよ」
栞 「これから上原さんはみんなと友達になるの。男子全員。ってか女子も。なら、あんたと話してても何も不自然じゃないよね」
翁長「あ、いや、でもそんなの無理でしょ」
由紀乃「やります。必ず。約束します」
翁長「え……」
由紀乃、強い瞳で翁長を見詰めている。
翁長「あ……そう、そっか」
と、何だか笑みが毀れる。
栞 「じゃ、翁長も手伝ってよ。友達作り」
翁長「ん? え? 何それ、聞いてない」
栞 「友達だったら、協力しなきゃ」
と、翁長に悪い笑みを見せる。
(× × ×)
栞、由紀乃、翁長、コーラを飲む。
翁長「あ、それで、僕、ずっと考えてたことあって。上原さん、服作るの得意だし、衣装作ったらどうかなって」
栞 「衣装って、お祭りの?」
翁長「そう。男子はムムヌチハンター着るけど、女子は制服さ。いいのが出来たら、みんなの見る目も変わるんじゃないかな」
由紀乃「でも、お祭りまで日もないですし」
翁長「手伝ってくれる人を集めたらいいさー」
由紀乃「それでも、流石に無理だと思います」
栞 「じゃ、却下で」
翁長「あ……そう……」
栞 「あ、小物でよくない? シュシュとか」
由紀乃「シュシュ……いいかもですね」
翁長「(え?)」
栞と由紀乃は何だか盛り上がる。
栞 「それなら簡単だし、手伝ってくれる人も一杯いるかも」
由紀乃「なら生地は沖縄っぽいのがいいですね。探してみます。中里さん、いいアイデアです」
翁長「元は、僕のアイデアだけどね」
栞、悪戯っぽい笑みを翁長に向けて。
栞 「わかってるよ。でも、それ考えてたって事は、結構上原さんの事気にしてたんだ」
翁長「え!?」
栞 「だよね」
翁長「……そりゃ、あの時から浮いてるし、このままでいいのかなって、なるでしょ」
栞 「キモ(笑)」
翁長「はあ!?」
由紀乃「あ、あの、嬉しいです」
栞・翁長「え?」
由紀乃「初めて知りました。距離があっても気にしてくれる人はいるんですね。嬉しいです。凄く」
と、喜びを噛みしめている。
栞、何だかくすぐったくて、微笑む。しかし、一瞬で笑みが消える。
由紀乃、それに気付き、焦って鞄から薬を差し出す。
栞 「え……(苦笑)いや、怒ってないし」
〇バス・車内(夜)
由紀乃が栞にしつこく訊いている。
由紀乃「絶対イライラしてました」
栞 「だから、してないって」
由紀乃「どうしてですか。訳がわかりません」
栞、うんざりとスマホを見遣る。
栞 「それより、シュシュの生地決めよう」
由紀乃はスマホを押さえる。
栞 「も、怒ってないって言ってるじゃん!」
栞、自分の声の大きさにハッとする。
車内の乗客たちが何事かと見ている。
由紀乃はそれに気付かずに、
由紀乃「ハッキリ言ってください!」
栞 「(イラッ!)また踏み込み過ぎだから」
由紀乃「(ハッとして)あ……」
栞は窓の外を見遣る。
由紀乃はもう何も言えず俯く。
〇バス停(夜)
バスから降りてくる栞。
バスの扉が閉まりかけて、再び開く。
由紀乃が降りてきたのだ。
栞 「ちょっと……」
由紀乃は視線を逸らし、不安そうに話す。
由紀乃「だ、だって、心配なんです」
栞 「!」
由紀乃「いつもイライラしてるけど、辛そうにもしてて。それを心配して何が悪いんですか」
栞 「……じゃあ何が出来るの」
由紀乃「え……」
栞 「転校するの、私、いつか。毎日それが頭に浮かぶ。どんなにみんなといるのが楽しくても、どんなにここを好きになっても、いつかいなくなるの。私だけ」
由紀乃「(戸惑い)……」
栞 「自分で割り切るしかないじゃん!」
由紀乃、思わず栞の手を握る。
栞 「え……」
由紀乃「シュシュ、可愛いの作りましょう。
一杯仲間を集めて、みんなで作って、いい思い出、たくさん作りましょう」
栞 「いや、やめて。思い出って嫌い」
由紀乃「なら、一杯楽しめるように。中里さんが、そんな事考える暇無いくらい」
栞、何だか根負けして、笑みを漏らす。
〇同・家庭科室・中
栞、由紀乃、翁長がいる。
由紀乃は二人にスケッチブックを見せる。
スケッチブックにはハイビスカスの花を模したシュシュのイメージ図が
ある。
由紀乃「生地は紅型染めで作ろうと思います」
と、紅型染をしたハンカチを見せる。
由紀乃「沖縄の伝統的な染め方なんです。このベリーペリの背景が綺麗で、一目で気に入っちゃいました」
栞 「ベリーペリ?」
由紀乃「(鼻高々に)知らないんですか。今年のトレンド色ですよ」
栞 「え、もしかして、検索したの?」
由紀乃「はい。家のパソコンで」
栞 「(苦笑)……ただの紫だけどね」
由紀乃「!!!」
栞 「でもこれかわいい、すごく」
由紀乃、キョトンとして、微笑む。
翁長「ならホームルームで提案してみようか」
由紀乃「じゃ、どちらか一緒に前に出て説明して頂けますか。その方が心強いですし」
栞 「え、一緒に?」
翁長「前で?」
栞と翁長、お互いを見遣る。
由紀乃「? どうかしましたか」
栞と翁長、イメージ画を押し付け合う。
翁長「中里さんやりなよ、得意でしょ」
栞 「いやいや、翁長だって」
由紀乃、不機嫌にイメージ画を奪い取る。
栞・翁長「あ」
由紀乃「忘れてました。二人は私が、みんなと友達でないと、友達ではないんですよね」
栞 「いや、そういう訳じゃなくて」
由紀乃「いいです。一人でやります」
と、プリプリと去って行く。
栞と翁長、後ろめたくて肩をすぼめる。
〇同・教室・中
HRの時間。由紀乃はスケッチブックを手に、前に立って説明してい
る。
栞は自分の席で心配そうに由紀乃を見る。
由紀乃「そ、それで、皆さんの中で、一緒に作る人を募集します。誰かいませんか」
教室中がザワザワし始める。
根路銘、立ち上がる。
根路銘「シュシュはいいと思う。でも手作りにしなくていいだろう。買えばいい訳だし」
クラスのみんなは安堵の笑み。
由紀乃「あ、で、でも、それじゃ意味なくて」
と、話すも誰も聞いていない。
由紀乃「(俯き)……」
栞、立ち上がる。
栞 「あ、あの、私、手伝うよ」
由紀乃「!」
栞 「だ、だって楽しそうだし。他に誰か手伝ってくれる人いない?」
ザワザワするだけで誰も手を挙げない。
栞 「お、翁長、やるよね」
翁長「! え、え?」
翁長はみんなから注目を浴びる。
翁長「い、いや、僕は……」
栞 「ね。やろうよ」
翁長「……!」
翁長、渋々と立ち上がる。
栞 「(笑みで)他にも誰かいない?」
根路銘「(遮り)じゃ、多数決で決めようぜ。買った方がいいって人、手ぇ挙げれ」
3人以外、全ての生徒達が手を挙げる。
栞 「え……」
根路銘、満足そうな笑みで。
根路銘「シュシュは俺が買ってくる」
由紀乃「ま、待ってください。これは私達3人のアイデアです。私達が決めます! シュシュを着けたいなら協力してください!」
生徒達は白けて静まり返る。
栞 「(呟く)何やってんの……」
根路銘は栞を冷たく見遣る。
根路銘「3人のアイデア……」
栞 「あ……」
栞、苦い顔をする。
〇同・中庭
栞と根路銘が話す。
栞 「ってか、根路銘君も手伝ってくれないかな。それだとクラスも動くし」
根路銘「由紀乃とは距離置けよ」
栞 「いいじゃん。クラスメイトなんだし」
根路銘「あいつは友達じゃない」
栞 「冷たいなー」
根路銘「お前も似たようなもんだろ」
栞 「……え?」
根路銘「1200人も友達いるって言うけど、前の友達と誰も連絡してないだろ。転校したら関係終了。そんな感じだろ」
栞 「……」
根路銘「だよな」
栞、クスッと悪そうに笑う。
栞 「バレてたんだ」
根路銘「お前みたいな奴、嫌いじゃないぜ。『ずっと友達でいよう』なんてゾッとするだろう。友達にも賞味期限はあるばぁよ」
栞、思わず笑う。
〇守礼の門(夕)
栞と翁長が話す。
栞はスマホを弄りながら。
栞 「根路銘の言う通り、買った方がいいよ。 あんな雰囲気にされたら誰も手伝わないし」
翁長「うん……」
栞 「二人で上原さんを説得しよう。シュシュが買えたら、みんなの反感も薄まるし」
翁長「……おかしくない?」
栞 「何が?」
翁長「いや、いいけどさー、買うで。ただ、僕、あの時、結構な覚悟で席立ったんだよ。なのに、こう、手のひら返す感じ? 何か自分に納得いかないって言うか。説得はするけどさー」
栞 「(白々しく)私も心が痛いわ」
翁長「中里さん、ゆくさーだね」
栞 「上原さん、遅いね。自分が呼び出したくせ(に)……ね、それどういう意味」
翁長「ん?」
栞 「前に上原さんにも言われた。『ゆくさー』って」
翁長「……」
栞 「? 何で黙ってるの」
翁長「あ、いや……『かわいい』って意味」
栞 「は!? いやいや、嘘つき!」
翁長、笑って。
栞 「何で笑うの」
翁長「あ、来たよ」
由紀乃が紙袋を重そうに抱えてくる。翁長は由紀乃の元に行き袋を持っ
てあげる。
栞、それに微笑み、スマホで検索する。
『ゆくさー』の意味。『嘘つき』
栞 「……(思わず)バーカ」
由紀乃「すみません。お待たせして」
栞 「(ビクッ!)あ、ううん。ってか、それ(紙袋)、なに?」
由紀乃は紙袋から紅型染めの生地を出す。
ハイビスカスの花を模した柄だ。
由紀乃「やっと見つかったんです。これ」
栞・翁長「(目を合わせ)……」
由紀乃「出来上がりを見れば、みんなの気持ちも変わると思うんですよね」
栞 「あ、あのね、上原さん」
由紀乃「(遮り)実は、少し感動したんです。あの場で二人が手伝うって言ってくれて」
栞・翁長「(絶句し)……」
由紀乃「3人で、仲間増やしましょうね」
栞 「そ、そうだね。ハハ」
翁長、栞を冷たい目で見遣る。
翁長の声「(重なって)って、言ってたのに」
〇首里学園高等部・家庭科室・中
翁長と由紀乃がいる。
翁長は生地を切りながら窓の外を見遣る。
別棟の廊下が見える。栞と根路銘が男子生徒らと話している。
翁長「手のひら返し」
由紀乃「まぁ、付き合いって、ありますし」
翁長「ってか、来るのかな」
〇同・廊下
栞と根路銘がやってくる。
栞は手帳を見ながらニヤニヤしている。
栞 「ありがと。たくさん紹介してくれて」
根路銘「で、シュシュはどうなってるば?」
栞 「あー、上原さん、一人で突っ走ってて。何か、ちょっと疲れるんだよね」
根路銘「関わった奴は、みんなそれ言うな」
栞 「え……」
根路銘「お前もいつかは、あいつと距離取る事になるばぁよ」
栞 「……」
〇同・教室・中
栞、何だか肩を落として席に着く。
机の中の教科書を出そうとすると。
ガチャガチャのカプセルが床に落ちる。
栞 「え……」
栞、ガチャを拾い、ふたを開けると、中から紅型染めのシュシュが出て
くる。
栞 「!」
色鮮やかな花模様がとても綺麗で。
栞、思わず初美らグループのもとに行く。
栞 「ね、これ凄くない!?」
初美「え、可愛い。(周りの友達に)ね」
栞 「こんな作れたら、絶対楽しいよ」
初美「(遮り)私たちのは、いつできるの」
栞 「え……」
初美たちはシュシュを腕につけたりして盛り上がる。
栞、何だか笑みを浮かべて……。
〇同・家庭科室・中
由紀乃と翁長が作業をしている。
バン! と、扉が開き、栞がやってくる。
由紀乃「あ、中里さん。見てくれました」
栞 「(ギロリと睨み)……」
由紀乃「え……」
栞 「何なの、あの女子ども! 自分は手伝おうともしないで、自分のだけ貰おうとし
て。あぁいうのが一番嫌い!」
翁長「(呟く)それ、自分のことじゃ……」
栞 「(由紀乃に)ね、これ3人で作ったらお祭りまで間に合う?」
由紀乃「え? えぇ、多分」
栞 「なら、私達だけで作ろうよ。全員の作って、どーだ! って、見せつけてやるの」
翁長「え、待って。そもそも、仲間を集めて上原さんに友達作るのが目的でしょ」
由紀乃「いいですね、それ!」
翁長「へ?」
由紀乃「何かこれ、友達って感じします」
と、何だかはしゃいでいる。
栞 「(笑って)翁長もいいよね」
翁長「えー……」
〇同・教室・中
栞と根路銘が話す。
根路銘「それでいいば? お前浮くぞ」
栞は不敵な笑みで手帳を見せる。
栞 「もうこの学校の殆どは制覇したの」
根路銘「え! 上級生もか」
栞 「1500突破した(笑)」
根路銘「(苦笑)このクラスで浮いても、他に居場所はあるって?」
栞 「それもあるけど、私は名前を書いて貰えればそれでいいの」
根路銘「?」
栞 「そういう事だから。一応、伝えとく」
根路銘「でも翁長のことは気にしてやれよ」
栞 「? 何で。何かあった?」
根路銘「男子の間でからかわれてるから」
栞 「え、そうなんだ……」
〇同・家庭科室・中
栞、由紀乃、翁長がミシンを使う。
栞、チラッと翁長を見る。
翁長、上手く出来ず、イライラしている。
栞 「……無理に付き合わなくていいよ」
翁長「ん? え?」
栞 「からかわれてるでしょ。男子に」
翁長「別に。平気だよ」
栞 「ホントに?」
翁長「……一応、僕も経験あって。小4の時。だから上原さんに何も出来ないって、結構
辛かったんだよね」
栞 「そう……」
翁長「でも、自分でも変われたって思ってる。中里さんのお陰だけど(笑)」
栞 「……(ハッ!)」
と、視線に気付く。
由紀乃が遠くからニヤニヤして見ている。
〇沖縄そば屋・店内(夜)
沖縄そばを食べる栞と由紀乃。
由紀乃「自分の気持ちを怖がることないと思うんですよね」
栞 「だから、違うって」
由紀乃「翁長君に告白しないんですか」
栞、思いっきりむせる。
由紀乃「コーレーグース、私も苦手です」
栞 「かける前に言って。ってか、言ったよね。私、この前」
由紀乃「? 何をですか」
栞 「いつか転校するの。付き合ったって離れるし、意味ない」
由紀乃「メールで繋がれますよ」
栞 「繋がんないよ。話す事なくなるし」
由紀乃「杏ちゃんはどうなんですか。手帳の、一番最初の」
栞 「小4だよ。スマホ持ってなかったし」
由紀乃「じゃ、連絡先、わからないんですか」
栞 「SNSの知り合いかも、には出てる。何回か検索したから。でもきっと覚えてないよ。一年も一緒にいなかったし」
由紀乃「忘れられませんよ。そのキャラは」
栞 「その時は違うから。転校ばっかで、友達作っても意味ないって思ってたし」
由紀乃「でも、連絡は取るべきです。この前言ってましたよね。自分も変わったって。それって杏ちゃんが変えてくれたんすよね」
栞、むすっと黙ったままそばを食べる。
由紀乃「(そんな栞を見て)……」
〇首里学園高等部・非常階段・外
栞と翁長、那覇の街並みを眺めながら話している。
栞 「何で黙ってるの? 話があるんでしょ」
翁長「え、あ、いや……」
と、視線を逸らす。
栞はそっと髪を気にする。栞の髪は紅型染めのシュシュで束ねている。
翁長「あの、中里さんとは付き合えないよ」
栞 「!」
翁長「だ、だって友達だったさー。なのに、急に好きって言われても困る訳。も、この距離感が、どうしていいかわからん訳さ」
栞、何だか笑い出す。
翁長「……え?」
栞 「それ、上原さんの誤解だから。私も迷惑してんの」
翁長「(ホッ)あ、そうなんだ。よかった」
栞、笑って。
〇同・教室・中
足早にやってくる栞。席に座る由紀乃を見つけ、一目散に向かう。
栞 「上原さん、ちょっといい?」
由紀乃「あ、中里さん、どうでした? もしかして告白とかされました」
栞、拳を握る。我慢の限界で。
栞 「何で話したりしたの!」
由紀乃「(唖然と)え……」
栞 「何がしたいの。嫌がらせ?」
由紀乃「ど、どうして怒ってるんですか」
栞 「(絶句)……わからないんだ」
栞、手帳を取り出し、『上原由紀乃』の名前に線を引く。
由紀乃「!」
栞 「こういう事だから」
由紀乃「ま、待ってください!」
栞 「もう話しかけないで!」
由紀乃「嫌です。そんなの!」
と、栞に掴みかかる。手に力が入る。
栞 「痛い! 離してよ!」
根路銘、やってきて由紀乃を引き離す。
由紀乃はパニックになって泣き出す。
由紀乃「離して!」
由紀乃は周りの机を蹴り始める。
根路銘、バランスを崩して尻餅をつくも、
由紀乃を必死に押さえる。
栞 「(狼狽えて)……」
由紀乃は辺りに散らばった教科書や筆箱を投げる。
根路銘「物どけろ!」
周りの生徒たちが一斉に動く。
由紀乃を中心に机が円を描いて外に広がっていく。
呆然とする栞の元に初美がやってくる。
初美「中里さんは外に出て」
栞 「上原さん、平気なの?」
初美「大泣きしたら、そのうち落ち着く。後は任せて。私ら経験済みだから」
栞 「そ、そう……」
教師Aが教室に入って来る。
教師A「どうした」
栞 「あ……」
〇同・職員室・外
栞が出てくる。安堵の息が漏れる。
〇同・教室・中
やってくる栞。
教室中の生徒が栞に注目する。
栞 「あ」
初美「大丈夫だったね」
栞 「注意されたけど、処分とかないって。それより上原さんは?」
初美「保健室」
栞 「そっか……」
根路銘「何を揉めたかしらないけど、これでわかったろ。由紀乃とは距離取れ。シュシュを作るのも中止にしろ」
栞 「ちょ、ちょっと待ってよ。ちゃんと謝って、仲直りするから」
翁長、立ち上がり。
翁長「僕も、もう、孤立させるのは反対だよ」
根路銘、うんざりと翁長に。
根路銘「決めただろう! あの時、みんなで」
栞 「え……決めたって何を?」
根路銘「全員、由紀乃と距離を取ることにしたばぁよ。こうやって揉めない様に」
栞 「!」
根路銘「今もあいつだって苦しんでるだろ。あいつを守る為でもあるばぁよ」
栞 「それは違うよ! 上原さんはみんなと友達になろうとしたんだよ!」
根路銘「これ以上かき乱すな。上手く行ってたばぁよ! 俺たちはそれで!」
翁長「あ、上原さん」
由紀乃がいつの間にか扉の前にいる。
由紀乃「あ……鞄を取りに来ただけです」
栞、由紀乃のもとに駆け寄る。
栞 「上原さん、さっきはごめん」
由紀乃、栞を避ける様に足早に歩く。
栞は追って。
栞 「ねえ、上原さん」
由紀乃「もういいです。嫌いなんですよね!」
栞 「!」
由紀乃「繋がれないとか言って、結局切り捨ててるだけじゃないですか。これまで繋がる努力しましたか。してないですよね」
栞 「(ムッ)何それ」
由紀乃はクラスのみんなに向かって。
由紀乃「友達だってもういりません。ずっと一人でいます。それでいいんですよね!」
由紀乃、逃げる様に走り去る。
教室は静まり返っている。
栞、俯く。
〇国際通り(夕)
繁華街をふらつく栞。
由紀乃とガチャをしたゲーム店が見える。
栞、何だか周りに目を向ける。
外国人観光客の少年少女が楽しそうにお土産品を見ている。
地元の高校生たちが道端で笑っている。
栞、立ち止まり、スマホを手にする。
バナー通知が表示されている。
『知り合いかも:大森杏』
栞 「(画面を見つめて)……」
〇海(夕)
砂浜に書かれた名前が並んでいる。
『中里栞』『大森杏』
栞、スマホを見詰めている。
何の記載もない新規のメッセージ画面。相手の名前は『大森杏』。
栞、緊張をほぐす様に身体を動かす。メッセージを打って、送信する。
『杏ちゃん、久しぶり』
栞、スマホを避ける様に、遠くに置く。
メッセージの通知音。
栞 「!」
画面には『栞ちゃん。久しぶりだね!』
『覚えててくれたんだ。私のこと』
『名前。シンメトリーの栞ちゃん。忘れないよ。仲間だもん笑』
栞 「(クスッと笑い)まだ言ってる」
栞、文面を打つ。
『ずっと伝えたかった。杏ちゃんのお陰でたくさん友達できたよ。今は1500人もいるの』
栞、送信ボタンを押そうとして、やめる。
栞 「……(苦笑)こんなのウソじゃん」
栞、文面を消す。
栞、手帳を取り出し、パラパラと捲る。
だんだん涙が溢れてくる。
栞 「こんなの……!」
と、手帳を海に投げようとした時、メッセージが着信。杏からだ。
『会いたいな』
栞、涙を拭いて、立ち上がる。
そして海を背景に自撮り写真を撮る。
画面に写真と文面がアップされる。
『いつでも会えるよ』
栞、吹っ切れたような笑みが毀れる。
栞の後ろで、海は夕日に染まって……。
〇首里学園高等部・教室・中(朝)
栞、やってくる。
根路銘、翁長、初美らが気付く。しかし、誰も声を掛けられないでい
る。
栞 「(笑み)おはよう」
クラスのみんなは何だか笑みが毀れる。
栞、クラスの輪に入る。
(× × ×)
栞と初美がお弁当を食べている。
栞、空いている由紀乃の席を見遣る。
初美「お祭りまで来ないのかな」
栞 「え、あ、どうかな……」
初美は何だか下を向く。
栞 「……意外と優しいんだね」
初美「中里さん、何でそう思った訳?」
栞、思わず笑う。
〇同・校庭(夕)
旗頭の練習をしていた生徒達。
翁長、ゆっくりと旗頭を下ろす。
根路銘、みんなに声を掛ける。
根路銘「明日の本番は9時に集合なー」
みんなはそれぞれに解散していく。
栞、根路銘の元に行き、
栞 「根路銘、上原さんの家知ってる?」
根路銘「は? 何でよ」
栞 「だって、明日も来ないかもだし」
根路銘「その時はその時だろ。来るも来ないも由紀乃の自由ど」
と、去って行く。
栞、見送って、眉を顰める。
〇首里城・付近の道路(朝)
『首里城秋祭り』のポスター。
多くの出店が設営の準備をしている。
栞のクラスは一角に集まっている。
栞、由紀乃を探し、キョロキョロする。
そこにメッセージの着信。
由紀乃の住所だ。
栞 「!」
栞、振り返ると、根路銘が仕方なさそうな顔をしている。
栞 「ありがと!」
と、駆け出す。
〇道路
必死に走る栞。
何かに気付き、足を止める。
公園のブランコに、ポツンと座る由紀乃が見える。
〇公園・園内
住宅街に囲まれた小さな公園。
ブランコには制服姿で鞄を持った由紀乃。
の、腕を掴む栞。
由紀乃「! え!? どうして」
栞 「(ホッ)なんだ、お祭り行くつもりだったんじゃん」
と、由紀乃を引っ張る。
由紀乃は抵抗し、栞の指を曲げる。
栞 「痛っ! 何すんの!」
由紀乃「嫌いだって言ったじゃないですか!自分勝手だし、すぐ怒るし!」
栞 「ってか、そっちも翁長にバラしたじゃん。謝ってよ!」
栞と由紀乃は取っ組み合いになる。二人共倒れて、叩いたり、砂を投げ
たり、髪を引っ張ったり。
栞 「痛っ! いい加減にしてよ。何でわかんないの! もう一度友達になろうとしてるんじゃん!」
由紀乃「私はまた諦めたんです。友達なんていらないんです。全部中里さんのせい!」
と、栞の腕に爪を立てる。
栞、痛みに耐えて。
栞 「そんなの間違ってる!!!」
由紀乃「!」
栞 「私は誰とでも友達になってきた。無視されてもバカにされても、誰とでもそうしてきたの。杏ちゃんが変えてくれたの。諦めたりしないの。それだけは間違ってないから!」
由紀乃「……」
栞 「とやかく言わないで。もう友達だから」
由紀乃「……何ですか、それ」
栞、鞄から何かを取り出して、由紀乃に投げつける。
由紀乃「え……」
それは紅型染めで作ったシュシュ。形が悪く、綺麗とは言えない。
栞、自分のシュシュで髪を束ねる。
栞 「早く。お祭り始まっちゃう」
由紀乃「……下手ですね」
栞 「(苦笑し)ハッキリ言わないの」
由紀乃、クスッと笑う。
〇首里城付近の道路
何本もの旗頭が挙がり、多くの住人たちが見物している。
栞と由紀乃は人混みをかき分けて進む。
ハイビスカスの花を模した旗頭を目指す。
栞 「あそこ! 早く!」
由紀乃「ま、待ってください」
由紀乃、栞の背中を追って、クラスの元へやってくる。
由紀乃「(何かを見て)え……」
初美は、紅型染めのシュシュをしている。他の女子達も同様に、シュシ
ュで髪を束ねたり、腕に付けたりしている。
由紀乃「あれも、中里さんが作ったんですか」
栞 「(苦笑)見りゃわかるじゃん。私より上手いのあるでしょ。みんなで作ったの」
由紀乃「!」
〇(回想)首里学園高等部・家庭科室・中
栞、初美ら女子達が、一斉にミシンを使い、ガーと音を立て、シュシュ
を縫っている。
栞を手伝う誰か。初美が誰かを手伝い。誰かが誰かに聞いたり、手伝っ
たり。
女子達は楽しそうにミシンをかけていて。
栞の声「みんな、やっぱり着けたいって」
〇元の道路
栞と由紀乃が話す。
栞 「話さなくても、距離取ってても、みんな、上原さんを気にしてる」
由紀乃「……」
栞 「さーさーさーさー!」
翁長、栞と由紀乃に気付く。バランスを崩し、旗頭を倒しそうになる。
根路銘がさすまたでそれを支える。
栞 「あ! 倒すな! 翁長!」
由紀乃、栞の腕を掴む。
栞 「!」
由紀乃「離れたくないです」
栞 「……」
由紀乃「ずっと、一緒にいたい」
栞 「……私にはどうする事も出来ない。願うしかない」
由紀乃「!」
由紀乃、思わず旗頭を見上げる。
栞 「一緒にお願いしよう。あの旗頭に」
由紀乃「……」
栞 「さーさーさーさー!」
由紀乃「……さーさーさーさー!」
栞 「……(微笑)」
由紀乃「(叫ぶ)さーさーさーさー!」
栞 「(叫ぶ)さーさーさーさー!」
旗頭の花飾りが、空高く舞っている。
〇首里学園高等部・校門(朝)
校門にシーサーの置物。
栞、眠そうに欠伸をしながらやってくる。
後ろから由紀乃が「おはよう」と突撃してくる。
栞 「ちょっと。テンション高くない?」
由紀乃「へへ。実は買って貰ったの」
と、スマホを取り出す。
栞 「お、ついに!?」
由紀乃「これでずっと繋がれるね」
栞、何だか照れくさそうに笑い、
栞 「じゃ、連絡先、交換しよう」
由紀乃「それが、まだ使い方がわからなくて」
と、栞にスマホを差し出す。
由紀乃「お願いします」
栞、呆れて由紀乃のスマホを操作する。
由紀乃のスマホに名前が登録される。
『中里栞』
栞 「……(微笑)」
了