『もぎりよ今夜も有難う』片桐はいり
「しんかんせんは、うんてんしゅさんがうんてんしてるの?」
「ながれぼし、みえないね」
「みえないね」
アパレルのバイトで朝7時半から17時まで働いた後に、彼氏に会いに行くために飛び乗った新幹線の中で、後ろの席から聞こえてきた会話。
お母さんと、小さな子二人。
新幹線を運転する仕事があること、流れ星はそんなに頻繁には見られないこと、そもそもこの暗闇は夜空じゃなくてトンネルであることなど、この子たちにはまだ知らないことだらけで、無邪気な目で見られる世界を通じて交わされる会話に思いがけず出会えて、ほっこりした。
通学中の電車の中や、バイトの休憩中、新幹線の車内で少しずつ読み進めた、片桐はいりさんの『もぎりよ今夜も有難う』。
学生時代は専らもぎり嬢のアルバイトに励み、「映画館の出身です!」と自負するほど映画はもちろんのこと「映画館」が大好きな女優、片桐はいりさん。
映画館愛ともぎり愛に溢れた、素敵な偏愛エッセイ。
私の中の片桐はいりさんの印象は、映画『かもめ食堂』で片桐さん演じる、ミドリさん。
フィンランドのヘルシンキが舞台で、終始ゆったりとしたペースのあったかい映画。
シナモンロールが食べたくなる。
現代ではどこもかしこも明るく照らされ、とても便利で生活しやすい世の中だ。
映画館は数少ない暗闇に包まれる場であり、これから始まる120分に思う存分想いを馳せられる空間である。
昭和後期から令和にかけて「もぎり嬢」は「フロア」と呼ばれるポジションになり、朝から並んで入場を待った座席は全席指定入替制のシステムが導入された。
しかし、片桐はいりさんがこよなく愛する映画館という場所は、変わらず一人でも一叢でも受け入れてくれ、私たちに期待と高揚を含む暗闇を提供し続けてくれる。