『ランチのアッコちゃん』柚木麻子
私は今、皮膚科に設置されているオレンジ色の三人掛けの長椅子に座って、診察に呼ばれるのを待っている。
キャリーカートに掴まった、腰が曲がったおばあちゃんが、当然のように私の足を踏んでいく。
そのことに気づいた様子も、悪気がある様子もなく、隣に腰掛けてにこにことしているおばあちゃんに、怒る気にもならない。
しかし、受付の窓口では、先程から一人のおじいさんがぷりぷりと額に怒りマークを浮かべて、何やら訴えている。
「病院が開く10時を少し過ぎた頃に来て、もう1時間15分も待っているのに、まだ呼ばれない。どういうことだ」
とのこと。
そんなの、私だって同じ時間に来て、同じ時間待っている。
「こちらだって、予定があるんだからね」
とまくしたてるおじいさん。
私だって、午後から授業があるのだ。
私はこういった、怒っても仕方がないことに対して怒る人が苦手だ。
受付の女性も、
「今日は患者さんが多いからね、すみません」
となだめている。
こちらだって予定があるのかもしれないが、
そんなの病院側は知ったこっちゃないのだ。
予約システムが存在しない病院で、一生懸命診察を回して、会計をして、薬を出してくれていることを思うと、なぜ怒る気になるのかわからない。
一番に診察してもらいたかったら、
開業の10時少し過ぎた頃に来るんじゃなくて、
10時より前に来て、待っていたらいいのに。
そうしなかった自分を省みず、受付の人を責めるおじいさんを見てると、こうはならないぞ、と自戒の念が生まれる。
人の振り見て我が振り直せ、だ。
昔の人の学びや失敗を踏まえて作られた諺は、現代でも等しく的を得ている。
そんな皮膚科の待ち時間に、読み進めた一冊。
朝井リョウさんの替え歌友達である柚木麻子さん著、『ランチのアッコちゃん』。
職場の上司であるアッコ女史に、
半ば命令のような形で一週間ランチの取り替えっこを命じられた派遣社員、三智子。
四年付き合った彼氏にフラれたばかりの三智子は、
アッコ女史の強引でガサツなエールを受け、
次第にランチタイムが楽しみになっていく。
会社で働く黒川部長とは別の顔を、いくつも持っているアッコさん。
私もこんなバイタリティー溢れる大人になりたいな。
全4篇からなる、爽やかで、あたたかくて、前向きになれる本。
そうこうしている内に、
診察後の会計中も薬をもらう間も、ぷりぷりを続けていて、もうとっくに帰ったと思っていたおじいさんが、のんびりとトイレから出てきた。
あんた、この後予定があるんじゃないんかい。
思わず頭の中でつっこんでしまう。
急いで帰る様子もなく、診察待ちの見知らぬおばあさんに話しかけているおじいさん。
ひとしきりおしゃべりをして気が済むと、のんびりと病院を出ていく。
…やっぱり、怒る必要がないことで怒る人は苦手だ。