能の秘曲「道成寺」①
今回、長男 中森健之介が師匠のお許しを得て、「道成寺」を披くことになりました。
道成寺は、若手能楽師の登竜門、というか、通らなければならない卒業論文のような意味を持つ、能楽師人生の大きな節目となる大曲です。
どんな風に「秘曲」かというと、道成寺を披いたことのある人しか知らない口伝がいろいろあって、それを学び、次代へ継承するという意味でも、大きな意味を持つ曲です。
秘事口伝を全部お話しするわけにはいきませんが、長男の「道成寺」の前に、私 中森貫太が「まぐまぐ」にメルマガ連載していた時の投稿を再稿していこうと思います。2006年の文章です。
【能の秘曲「道成寺」】
今回は能の中でも最も大曲とされる「道成寺」について書いていきましょう。
この曲は私たち玄人にとっては必ず通らなければならない関門であり、学校に例えれば大学院の修士論文に相当する課題曲です。玄人になることは大学を出るのと同じ意味であり、道成寺はその後に挑戦する重要な意味を持つ舞台になります。
実際には玄人になってから道成寺までに「石橋(しゃっきょう)」「猩々乱(しょうじょうみだれ)」等の披きもあるので、道成寺は「独立○○周年記念」とかの催しでなさる方が多いようです。
ただ、この曲は昔は同門であれば道成寺を披いた順に序列が決まるので先輩を飛び越すことは基本的に許されませんでした。ですから運が悪いととっても長い間待たされることになったんですが、最近ではそれほど序列を厳しく言うことも無くなってきていますね。
でも玄人にとって一生を左右する大曲であることは今も変わりありません。この曲の出来映えは玄人仲間も興味津々ですから、舞台で事故ろうものならその日のうちに業界中に知れ渡ってしまいます。そしてその評価は一生ついて回りますので当の本人だけでなく親や師匠も胃が痛くなる思いで舞台を見ているんですよね。
この曲は紀州道成寺を舞台とした話・・・清姫という娘が毎年熊野詣での際に定宿として自宅を訪ねる安珍という僧に(父親の冗談を真に受けて)恋をし結婚を迫るが、もとより仏に仕える身の安珍は驚いて夜に紛れ逃げ出してしまう。欺されたと思った清姫は後を追いかけ、その執心のあまり大蛇となり、ついには道成寺に逃げ込み釣鐘の中に隠れた安珍を鐘と共に焼き殺すと言う「安珍・清姫伝説」を能楽化したもので、一曲を通して秘事・口伝の固まりと言われる大曲です。
今月からはこの曲を細かく解説しながら見どころなどをお教えしていきたいと思います。
まずはこの曲で一番印象的なのが「鐘」の作物です。これはこの曲専用で普段は骨組みだけの状態で置かれており、使う度に「包み布(つつみぎれ)」と言う絹の幕で覆い、それを鐘の形に綺麗に縫い止めて作ります。
中側には「棚」と言うポケットを取り付けますが、これは通常の場合と小書(特殊演出)では数や場所が微妙に変わってきます。この作業は本来シテが自分で行うものですが、私などは不器用なので先輩方に手伝って教えていただきましたね・・・とても初めてやる者が見よう見まねでは出来るような作業ではありませんでした。このポケットには後シテで使う面や中で打ち鳴らす銅鑼(どら)などが入っているのですが、上手く付けないと鐘を釣り上げたときに鐘が傾いてしまうんです。
鐘を作るには4~5人掛かりで5~6時間掛かる重労働なんです。細かい針仕事で肩は凝るし目はしょぼしょぼ・・・でもこの出来映えが悪いと曲全体の印象も台無しになりますからいつも気を使って作業は進められます。
鐘の重量は60~80㎏位有り移動させるだけでも一苦労。次回からは曲の進行に従って話を進めていきましょうね。
◇公益財団法人鎌倉能舞台HP http://www.nohbutai.com/
◇「能を知る会東京公演-道成寺」
◆日時 2021年6月20日(日)13:00
◆会場 国立能楽堂(JR千駄ヶ谷駅下車徒歩5分)
◆入場料 正面自由席13,200円/脇中自由席9,900円
◆演目
講演「隔てるもの・乗り越える力」葛西聖司
仕舞「清経」津村禮次郎
「海士」永島忠侈
「融」 駒瀬直也
狂言「樋の酒」野村萬斎
仕舞「砧」 観世喜正
「卒都婆小町」観世喜之
能 「道成寺」中森健之介
詳細 https://blog.canpan.info/nohbutai/archive/816