準備は時間として伝えない
ときどき聞かれることの中に「焙煎てどれくらい時間がかかるんですか?」というものがあります。その質問に対して「一バッチ10分ちょっとくらいです(焙煎する回数を1バッチ、2バッチと数えます)」と答えるとたいてい「そんなもんでできるんですねー」と言われます。そんなとき「一体焙煎をどうな風に想像しているのかな?」と思うことがあります。
「そんなもん」の時間の中は判断と実行の繰り返しです。焙煎機の中に生豆を投入し、熱に馴染むのを見計らいながら水分を飛ばしにかかります。水分を飛ばしながら褐色反応の進行具合と熱の入り方を見ながら火力調整とダンパー調整をしていきます。それはコースを読みアクセルを踏み、クラッチを切ってシギアをチェンジし、ハンドリングをしている気持ちに似ているかもしれません。そう、さながらモータースポーツのようです。
モータースポーツが天候、湿度、路面の状態により同じコースでも毎回走り方が変わるように、焙煎も「最高」を目指すと毎回焙煎プロファイルは変わります。これが無難に走るのならコースのど真ん中を一定の速度で走ればよいのですが、マシンの性能を引き出すためにはギリギリを攻めていく必要があり、焙煎でそれができるにはやはり焙煎を理論的に理解し、実践することが重要です
それをやっているかいないか、そこが重要で「焙煎てそんな短時間でできるんだね」という時間の長短を物差しにするところではないと思っています。
100Mを何秒で走りますか?と聞いて「9秒台です」と答えた人に「短いんですね、マラソンなんか2時間も走っていますよ」とは言わないと思うのです。もっとも焙煎は時間が短いことがよいことだという意味ではありません。一応補足しておきます。
100Mのために練習し、事前に入念に体をほぐし、アップし、何時間もかけてその瞬間に体のピークをもっていくようにするのと同じく、焙煎も最高の仕上がりにするためにその日の焙煎計画を事前に立て、銘柄や投入量から適切な順番で焙煎していきます。順序も重要なんです。
このように事前に準備をしたうえでの「10分ちょっと」です。共通するものも多くあると思いますが、よい仕事をするためには準備に時間がかかるのです。そして、わざわざ準備に使う時間は相手に伝えないのです。そんなことをわざわざ伝えるのは無粋ですから。
そんなことを思いながら煙突の設置設計をしています。