村弘氏穂の日経下段 #16(2017.7.15)
ただ前に走り続けた地下鉄が海の底から発見される
(東京 榛 瑞穂)
制御不能の地下鉄。揚力を失った飛行機のように海へ向かって暴走するサブウェイ・パニック。モニターから忽然と消えた地下鉄車両。こうなるともう交渉人の真下正義か、公安9課の荒巻大輔に頼むしかない状況だ。このような近未来フィクションのプロットは、ごくごく平穏な地下鉄の車内で浮かぶものだろうか。きっとこの21世紀最大のミステリーが発見されるのは22世紀のことなのだろう。だけど、もしもあの憫然たる福知山線の尼崎の事故が、東京メトロの有楽町線だったら新木場駅の次は海底だ。異次元的な作風だが、折り返すはずの車両が日常をアグレッシブに突き抜けて、詩的な真理に鮮やかに触れている。
会議後の大テーブルに残される回転椅子はまちまちを向く
(東京 佐久田健司)
討論ののちに決議があってこその会議だ。多種多様な意見を交わしあうのだから誰かしらが譲歩したり、妥協したりしないと結論が出ないこともある。三句目が「残された」ではなく、「残される」だから会議中に浮かんだ詠草である可能性も否めない。そんな予言性を帯びた作品として読むと、尚さら味わい深い。そこにある不揃いな椅子たちこそが、それぞれが心に抱いていた異見なのだ。喧々とした臨場感が過ぎ去った現場の情景に深層のリアリティが浮かび上がった。