村弘氏穂の日経下段 #15 (2017.7.8)
気になって戻ってみても今日だってやっぱりちゃんと閉めている鍵
(吹田 エース古賀)
確認しに戻ってみて施錠されていた以上は、きっと何事もなくてよかったんだろう。だけどそれが度重なる行為のようだから玄関の前には、作者が虚しく立ち尽くしている。初句から四句まで連続する「っっっっ」という促音が、舌打ちのように徒労感を演出して、結句の安堵感をも凌いでしまっているのだ。過度の心配が招いた迂遠だったのかもしれないが、こうして秀歌をもたらしたのだから無駄足ではなかったのだろう。
わかさぎ釣りしている人が連なって空の小さな穴に吸われた
(名古屋 小坂井大輔)
空という一枚の湖面から悪戯な神様が垂らした餌に、うっかり喰らいついてしまった釣り人が、魚のように連なって吸われていくさまはあまりにもシュールで滑稽だ。糸の色から針の数まで仕掛けには様々な繊細な工夫が必要なほど、わかさぎは警戒心の強い魚だ。しかし、好奇心が勝っているときには、警戒心が薄れてしまうことがあるのだ。そんな寓話の一ページのような二重世界が見事に描かれている愉しい作品。
シャツ汗がミッキーマウスのような人見つけたからには俺も汗かけ
(横浜 安西大樹)
当事者には見えない背中の発汗によるものだろうか。おそらくかなり不快なはずだ。その不快に遭遇した際の作者の視点と、心の機微のズレに奇妙な衝撃を受けた。他人のシャツの汗染みを見たら自分はかきたくないと思うのが普通だからだ。敢えてその汗をかこうとしている「俺」は、おもいきり夏を実感したいのだろうか。実のところ汗をかきたいのではなくて、ミニーちゃんを描きたいだけなのかもしれない。