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【書評】『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン(小説)

(作品の内容を含みますので、少しでもネタバレしたくない方は
 ぜひ作品を読んでからお越しください)

真実を知ることは痛みを伴う。
時に大きな代償を払うことになる。

本書の主人公、高校生のピップ(ピッパ・フィッツ=アモービ)は、自分の住む町、
イギリスはリトル・キルトンで起きたある事件に疑いを持ち、調べ始める。
彼女は正義感が強く元気いっぱいで恐れ知らず、と言うかかなりむこうみずで
怪しいと思った人に直撃インタビューをしたり、他人に成りすましてメッセージを送ったり
時には他人の家に忍び込んで証拠を探したりもする。

それもこれも自分の信じる「事実」を証明するためだ。

かつて17歳のアンディ・ベルという女性が町から失踪した。
その後、彼女の交際相手だったサル・シンが森で死んでいるのが発見されたため、
サルがアンディを殺害し、自殺した、として事件は解決済みとされている。
でもピップはそれを信じていない。
自分がいじめられている時に助けてくれた優しく思慮深いサルが、
そのような事件を起こすとはどうしたって考えられないから。

「自由研究」にかこつけて事件を調べ始めるピップ。
その果敢な行動は、徐々に事件を紐解いてゆく。
そこに読者は惹き込まれるわけだが、と、同時にピップは多くのものを失ってしまう。もしくは、失いかける。
『自由研究には向かない殺人』の終わり、そして第2巻にあたる『優等生は探偵に向かない』の冒頭では
ピップは「失ったもの」に苦しみ、もうこのような探偵まがいのことはやめようと考えているぐらいだ。

それでも結局また、身近な人が行方不明になり、2巻でもピップは動き始める。
やめようと思っても反対されても、正義感に突き動かされるようにして。
前みたいに周りの人に迷惑がかかったり、危険が及んだり、引き返せない事態に陥ったらどうしようと恐れながら。
ピップは単に猪突猛進なだけではない、温かく人間味のある人物として描かれている。

サル・シンの弟のラヴィ・シンが徐々にピップの良き相棒となり、
大切な人となってゆく様子は、読んでいて心が温かくなる。
ピップがどうしたいかを見守り、支えるラヴィの距離感がとてもよい。

この小説は、第2巻でまた新しい事件(友人の兄の失踪)が起きるわけだが
最初の事件の影がずっとつきまとい、影響しているという意味で
巻を重ねるごとにストーリーがより重層的になるようだ。
1巻での些細なことが、2巻で大きな意味を持ってきたりもする。
これは最初から複数巻になる予定で伏線が張られているのだろうか。
忘れっぽい私なので、続けて読んでよかった・・・

小さな町での事件なので、人間関係も密で、それぞれの家族の問題や、学校内の関係が浮き彫りになる。
ドラッグ問題、人種問題、SNSのなりすまし、偏見など、多くの社会問題も扱われる。

事件解決のためにSNS、ポッドキャストなどを駆使するあたりは非常に現代的で、
SNSの会話がそのまま紙面に再現されていたり、紙面構成もユニークだが
高校生たちが常にSNSを意識して、むしろSNSでの人間関係に支配されるように暮らしているのを読むと、
現代社会の窮屈さも読み取ってしまう。
こういうのがなかった頃はなかったなりにいろいろあったけれど
今の方がより複雑になって、気にかけることが増えて、大変そうだ。

それから日本人としては(?)、高校生がちょっと移動するのにもがんがん車を運転するのにびっくりする。
車だけでなく、様々な点で日本の高校生とイギリスの高校生で違いがあったり、逆にこういうところは同じだな、と思ったり
そんな視点で読んでもとても面白い。
様々な観点で楽しめるのも本書の魅力だろう。

内容以外の話では、まず何といっても日本版の装幀が秀逸だと思う。
逆光気味の無人の風景写真はカラフルでとても目を引く。
(絵のように見えるが「写真」とクレジットがある)
また、日本語のタイトルは原題と全然違っている。
原題はそれぞれ
『A Good Girl's Guide to Murder』
『Good Girl, Bad Blood』

日本語タイトルをどうするか問題はすごく難しいだろうと勝手に推察するがこの日本語のちょっと長めの文章っぽいタイトル、個人的には大成功だと思っている。
「ない」と逆説的な言葉が毎回入っているのが、とても効いている。
「A Good Girl's Guide to Murder」は2巻でもポッドキャストの番組名として登場し、
翻訳版でもそれはそのまま「グッドガールの殺人ガイド」となっていて、それも仕掛けとして面白いが、
原題の直訳が小説のタイトルだったら、注目のされ方も変わっていたかもしれない。

ちなみに「自由研究」というと私は小学校の夏休みの宿題的なものを想像してしまうが
ここではニュアンスがちょっと違って、大学入学のために必要な研究課題のようなものらしい。
ピップは「事件におけるメディアの役割」みたいなテーマをひねり出し、それを利用して事件を調べようとする。
高校生が事件を調査する、という話に真実味を持たせるのに、
この枠組みはとても上手く機能していると思う。

さて、『優等生は探偵に向かない』でピップは心に更なる痛みを抱えてしまった。
そして、このまま終わるとは思えない、気になる事柄や人々はまだ残っている。
(あの破壊行動はさすがにまずかったのでは?ピップ。
 アントも何か秘密があるんだろうか?
 そして、マックス・ヘイスティングスは?)
このシリーズは『卒業生には向かない真実』『受験生は謎解きに向かない(3部作の前日譚)』とまだ2冊あって、私はまだ未読。
これから読むのがめちゃくちゃ楽しみである。
・・・忘れっぽいしいつどこでネタバレするかわからないので、早急に読まねば。

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