見出し画像

「ここに生まれたというだけで、なぜこんな目に遭わなければいけないの?」(『物語ることの反撃―パレスチナ・ガザ作品集』より)

いつも私の記事をご覧くださり、誠にありがとうございます。

前回の記事に引き続き、『物語ることの反撃―パレスチナ・ガザ作品集』をご紹介します。

本書は、文学研究者、詩人のリフアト・アライールの編集により、英語で編まれた短編小説の全訳です。

彼はイスラム大学で英文学を教えており、大学の授業を通じて、ガザで起きている現実を世界に伝えるべく、学生たちとの共同作業を開始しました。

学生たちに、まずは個人的な体験をノンフィクションの形で書いてもらい、それをフィクションに書いていくと言うスタイルで、作品を仕上げていきます。

英語力に優れた若い世代を書き手として加えたことで、直接英語圏に自分たちの物語を発信することを目指したそうです。

今こうして、その作品が日本語訳をつけられ、2024年末に新版として刊行されました。

私が書店で手に取り、皆さんにもご紹介したいと思ったのも何かの縁。

本書に綴られる短編小説のなかから、特に心に響いた数シーンを特別に抜粋してご紹介しようと思います。

※以下、人の死に関するやや刺激の強い表現があります。不快に思われる方は、この先の文面をご覧にならない方が良いかもしれません。読むか読まないかは、ご自身でご判断いただければ幸いに存じます。


「ここだ、急げ、急げ!ここにもひとりいたぞ!」 
その言葉が耳になり響いた。そして、ハムザは、想像しい音のなか自分が瓦礫の下から引っ張り出されるのを感じた。
頭は力なくうなだれ、垂れ下がった両手に瓦礫がかすり傷をつけていく。
救急車の不穏なサイレン音が鳴り、冷たい空気が苦しく、顔に吹きつけ、両側から体を運んでいく手が、救急車のうち一台に急ぎつつ、そうとは知らずハムザの脇腹をつついてくる。
一方、廃墟のすき間から、ハムザはジハードの小さな体が穏やかに横たわっているのを見た。もう動くことなく伸びた弟の焼け焦げた手の下には、彼のぼろぼろの本があった。

(p64)

空襲により、瓦礫の下敷きになったハムザ。

救急隊の捜索によって助け出されますが、弟は還らぬ人となりました。

一秒後、巨大な閃光が目の前を走り、僕は台所の壁、そして床に吹き飛ばされた。
れんがが地面に落ち、数秒後に割れたガラスが続く。両膝と両手は震えていて、僕はしばらく立ち上がれなかった。
耳の中の奇妙な雑音は、ひどく苛立たしいノンストップのホイストルのような音だった。煙で息がしづらかった。
母さんが半狂乱の叫び声を上げて、駆け寄って来た。

アフメッドは助からなかった。
僕が学校に行くたびに、他のみんなからの咎めるような視線が取り付いてきた。みんなのほうを見られなかった。
切断手術をした手足。傷だらけの顔。足を引きずる歩き方。
僕の近所は一瞬で木っ端微塵になった。
サッカーの試合も、ゴールも、もうない。歓声もない。

(p66.68)

友人とサッカーを楽しもうとしていた矢先、爆撃を受けた少年。

サッカー仲間の友人が目の前で致命傷を負い、緊急搬送されるも、亡くなりました。

自分だけが運良く生き残ってしまったことを責め続けています。



きっとみんな、僕を助け出しに来てくれる。そのはずだ。
携帯が呻いて、光が点滅している。
悪寒が骨を貫いていく。発作的な痛みがある。そして足下の土から出ている温もりは、僕を撫でて寝かしつけようとしているみたいだ。
地平線のところに、遠くから近づいてくる光があるように見える。その光に手で触れられそうに思える。

聖歌だ。聖歌が聞こえてくる。母さんの祈り。妹の空っぽのお腹。焼けた肉の臭い。そして、海水の味。

p93

瓦礫の下で生き埋めになりながら、バッテリーが半分しかない携帯の光だけを頼りに生きていました。

どこからか聖歌が聞こえてきたり、死の臭いを身近に感じながら、大切な家族の思い出が蘇っていました。


「ウンム・ライラー、いいですか……。ご主人はかなり重篤です。私の身にもなってください。ご主人のカルテか、回復の見込みがもっと高いが死にそうな赤ん坊のカルテか、送るならどちらになりますか?」
 ウンム・ライラーの顔をじくじくと伝っていく何粒かの涙が、言葉も質問も押しとどめた。
 医師は話を続けた。「今週、深刻な血液の病気にかかった赤ん坊が運ばれてきました。できるだけ早く治療に送ってあげなければ、その子は歩けるようになる前に死んでしまうかもしれない。そして、目下の状況で私たちが送ることができるのは1人だけなんです」
 それが意味することに衝撃を受け、ウンム・ライラーはあえぎ、ライラーは「誰が生きて、誰が死ぬのかを決めるなんて、何様なんですか」と厳しい声を上げた。

(p121)


銃で撃たれて負傷した父の治療と、赤ちゃんの治療、どちらか一つを選択しなければならなくなり、医師たちは赤ちゃんを選びました。

その結果、父は亡くなりました。

赤ちゃんに罪はないけれど、一体何の権利があって、誰が生きて、誰が死ぬのかを決められなければならないか、と憤りの気持ちが湧きました。

また、苦しみが続くくらいなら、いっそのことひと思いに撃ち殺してくれたら良かったのに、なんて気持ちもよぎりました。


親愛なるイーマーン、

君が結婚して、君を別の男に奪われてから、4年になる。その男の事は何一つ知らない。けれど、彼のことが心の底から憎いよ。
どうしたって、君のことが忘れられなかった。
君を失った自分のことが、許せなかった。



親愛なるイーマーン、

僕はなんて愚かな男なんだろう。
君のお父さんの扉をノックして、「娘さんと一緒になりたいです」と言う勇気がなかったなんて。
5万ドルのベンツに乗っているガザっ子に、娘と結婚したいと思い切って言っても、家から叩き出されるのがおちだろうと思っていた。
そのときは、そう想像することに耐えられなかった。
僕はなんて愚かなんだろう。なんて愚かなんだろう。

ホッサーム

(p170)

難民地区に住んでいたため、生粋のガザ市民の女性に求婚することができませんでした。

居住地区の違いや、自分が難民であるかどうかで、好きな人とも結ばれない現実に悔しさを覚えました。


「アッラーはもっとも偉大なり、アッラーはもっとも……」
F-16戦闘機のミサイルの巨大な爆発音が、礼拝の呼びかけを消し去り、私たちの耳をつんざいた。
体が苦痛でぐったりして、「なくなってしまった」と私はささやいて、数秒後、近所の人の家を出て、火山のように燃えている自分たちの家を見た。
火だけがあった。私は何も考えなかった。
何も言わず、何もせず、ただ人生の思い出が燃えているのを見て、心が消えかけたような気持ちでいると、突然、あなたの絵が胸をよぎった。

あなたの名前を呼びなが、わっと泣き出して、燃えている建物に向かって思わず走り出したら、父に片腕をつかまれて、それ以上近づかないようしっかり止められた。
あなたはもう死んでしまった、と父にはわかっていた。あの炎の中で生き延びられるものなんてないし、十三キロちょっとの柔らかい肉体はまず無理だ。
まわりでは、消防車や救急車の助けを求める叫び声が響いていた。
あまりに凄い光景だった。私は気を失った。

(p182-183)

子どもたちを家から避難させている時、ほんの一瞬だけ、1番下の子から目を離しました。

その瞬間、爆撃がその子のいた部屋に命中しました。

わずか数秒の違いで、子どもの生死が分かれてしまった。
私が目を離さなければ、あの子は無事に部屋から脱出し、生き延びれたかもしない。
今もあの子に「ごめんなさい」を言いつづけています。



いかがでしたでしょうか。

ガザというと、遥か遠い土地での紛争のように感じるかもしれません。

ただ、こうして日本語訳として届けられた彼らの体験記からは、同じく血の通った人間としての苦しみ、悲しみがストレートに伝わってくる気がします。

政治的な問題、長らく続く宗教対立などの背景は、もはや私たち個人が手に負えることではないかもしれません。

ただ、知っておくということは大きな力になると思います。

今もこの地球のどこかで、不条理な紛争に涙している人たちがいる。

そのことに一時でも思いを馳せることができたなら。

彼らの痛みを感じられる人が1人でも増えたなら。

世界はもっと優しく温かいものへと変わっていくのではないかと思います。


拙いご紹介でしたが、ご覧くださり、ありがとうございました。


※関連記事はこちら⇩⇩

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集