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感染拡大防止下での研究の在り方とは

感染が報じられ始めた当初は私も楽観的だったのだが,日に日に情勢が悪くなり,ついには自宅付近のコンビニで感染者が出るなど,自分の身の回りにまで危機が迫っていることを実感する。

そんな中で自分の研究や共同研究,指導学生の研究をどのように進めていくべきなのかを考えていた。

非実験系の研究への転換

まず,当たり前だが,このような状況では協力者を募り,対面で何らかのデータを得るような実験系の研究は当面できない。しかし,これを機に非実験系の研究を考えてみてはどうだろう。

そもそも,英語教育学という分野は実験系の研究が多すぎるのではないかと思っていた。かくいう私もその一端を担っているわけだが,学会などに出ると半分以上はそういった実験系の研究であるという印象だ。たまに何百人(授業の受講生)とか,15週にわたってデータを取っていたりする研究を見ると,不用意に学習者の時間と労力を搾取しているのではないかと心配になることもある。(実践報告として発表されている場合は別だが)

教育学や他の教科教育の分野と比較して,英語教育の分野では文献研究や歴史研究,目標論や学力論に関する研究などが圧倒的に少ないと感じる。それらについて素晴らしい研究を発表している方がいらっしゃるのにもかかわらず,その数が少ないのは実際のところこの手の研究や授業を指導できる教員が少ないという実情もあろう(ほとんどが言語学バックグラウンドなので)。もう少し現実的なところでいうと,教材分析やコーパス分析,メタ分析などの研究は協力者を要さない研究としてこれまで実験系の研究をやっていた人でもそれを活かしたアプローチによって実現可能かもしれない。また,非実験系の研究とはならないが,これを機会にオンラインで反応時間などの行動データを収集できるようなソフトを試してみたり,既存の収集データを再構築・再分析することを試すのも良い勉強になるだろう。

特に学部生や修士課程の院生などは「英語教育の研究=実験協力者を集めてデータを得る研究」と捉えている人も多い。これを機に,学生には多様な研究アプローチがあることを認識してもらいたい。

論文をどんどん投稿?

参加予定だった学会や予定が軒並み中止になり,当初はその分できた時間でどんどん論文を書こうと思っていた。(現在は状況がより切迫し,私も含め多くの方々が様々な準備・対応に追われ,特にカリキュラムや教職課程に関わっている先生方はそんなことすら思えないような過酷な状況になっていると思うが…)

だが,このような状況下では,特に感染が拡大しているアメリカやヨーロッパなどに拠点を置くジャーナルは査読や出版が遅れ,投稿論文への対応などにも四苦八苦しているのではないか…と想像した。そう思っていた最中,Taylor & FrancisのDiscourse Processes(DP)のウェブページに以下のような文言を見つけた(記事執筆当時)。

COVID-19 impact on peer review
As a result of the significant disruption that is being caused by the COVID-19 pandemic we understand that many authors and peer reviewers will be making adjustments to their professional and personal lives. As a result they may have difficulty in meeting the timelines associated with our peer review process. Please let the journal editorial office know if you need additional time. Our systems will continue to remind you of the original timelines but we intend to be flexible. https://www.tandfonline.com/action/authorSubmission?show=instructions&journalCode=hdsp20

実際に査読の遅れが発生していることを示す文言ではないものの,世界各地への研究者への配慮が伝わる。私がよく読むジャーナルの中ではこのような文言を掲載しているものは他には見当たらなかったが,どこも実情は同じなのではないか。

この時期に論文をたくさん書き溜めておくのはいいだろうが,それを投稿するのとなると,やはり各国各地の感染状況を無視できないだろう。かといって,論文の投稿・発表がなければ,以下で書くように研究活動が事実上ストップすることにもなりかねない。国内と国外ではまた状況が違うだろうし,ジャーナルが期限を設けて積極的に投稿を募集しているかどうかでも事情は異なる。ただ,これを好機として意気揚々と論文投稿に励むのは違うだろうと思う。

研究コミュニティの活動をどのように維持するか

国際誌の場合はすでにハンドリングしている投稿がいくつかあるから,それを優先的に進めていくことで省力化しながら出版を続けていくということはできるかもしれないが,国内誌の場合はきっちり投稿期限が決まっているものが多いので話は変わってくる。また,学会の年次大会で発表したことを投稿の条件としている学会もあり,そのような学会の大会が中止・延期になった時の学会誌の扱いはどうなるのだろう。考えにくいかもしれないが,今後の状況によっては,学会誌の投稿・発刊を1年単位で遅らせなければならなくなるという可能性も0ではないだろう。

仮にそうなった場合,研究者はその年に研究を口頭で発表する機会だけでなく,紙面で発表する機会も奪われる。実際に研究活動はしていたとしても,記録に残るものは何もなく,事実上研究活動はストップしていることになる。これは,その年の研究業績をどのように評価するのかという問題にも関わってくる。

このような状況下で,国内外問わず,学会などの研究コミュニティーとして何を実施し,何を実施しないのか,そして実施するのならばどのように実施するのかというのはとても難しい問題で,正解はないのだろう。

願うのは,一日でも早くこの事態が収束を迎えることだ。




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