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全国英語教育学会誌 (ARELE) 第35号に論文が掲載されました

全国英語教育学会学会誌 (ARELE: Annual Review of English Language Education in Japan) に以下の論文が掲載されました。

Nahatame, S., Kimura, Y., Ogiso, T., & Ushiro, Y. (2023). Global eye movement behavior of Japanese EFL readers: Analysis of passage-level eye-tracking measures. ARELE: Annual Review of English Language Education in Japan, 35, 17-32.

本研究は,以下の科研費の成果の第一弾となる論文です。

本論文では,日本語を母語とする大学生・大学院生が,英検の読解問題で用いられた文章(準2級,2級,準1級から10ずつ抜粋した合計30の文章;各300~400語ほど)を読解した際の眼球運動データについて,文章単位でのデータ (論文では "global eye movement behavior" [Cop et al., 2015] と呼んでいます) を算出・分析したものになります。

博論で初めて眼球運動測定を用いてから,継続して10年近く眼球運動測定を用いた研究を行っていますが,常々思っていたのが「日本語を母語する英語学習者がこのくらいのレベルの文章を読解した際の眼球運動データは大体こんなものだよ」という参照基準になるようなものがほとんどなく,実験を行っても自分の収集したデータがどのくらい妥当なのか,あるいは何らかの影響(文章の難易度や協力者の英語力)を受けて少し外れたものとなっているのかなどを検討するのが難しいということでした。英語母語話者の読解だと,眼球運動研究の第一人者であるKeith Raynerが自身の研究や他の研究のデータに基づいて,黙読時の平均的な注視の継続時間は225-250ms,サッケードの長さは6-7文字のような基準を提示しているのですが,Godfroid (2019) でも指摘されるようにL2読解だとそういった基準を提示するためのデータは不足していて(現在はEye-trackingコーパスの発展などによってだいぶ状況は変わってきたと思いますが),日本語母語話者だとなおさら難しく,そういった参照基準のようなものを国内の学会誌の中で発表・提示できたら良いなというのが本研究の動機でした。

論文の中では小難しい統計分析などはやっておらず,1つの文章あたりの(1)総注視回数,(2)総注視時間,(3)平均注視継続時間,(4)右向きのサッケード距離,(5)単語の読み飛ばし率,(6)単語の読み戻り率,の6つの指標の記述統計と分布に加えて,テキスト難易度(Flesch-Kincaid Grade Level)と読み手の英文読解熟達度(テスト得点)との相関を出しているのみです。その結果,例えば文章読解中の平均的な注視の継続時間は約247ms,サッケード距離は6.13文字という結果が得られました。また,これらの指標については文章難易度や協力者の熟達度との関わりは見られなかったのですが,総注視回数・時間,読み戻り,読み飛ばし頻度は文章難易度と相関が見られ(読み飛ばしのみ負,その他は正の相関),総注視回数・時間,読み戻りの頻度は読解熟達度と負の相関が見られました。全体としてあっと驚くような結果はありませんが,むしろそのことがデータの妥当性を支持していると考えています。

論文本体では紙幅の関係で載せられなかったのですが,オンラインのSupplementary Materialsには英検の3つの級ごとの記述統計を示しました。例えば,「英検2級の文章を読んだ際の眼球運動データはこのくらい」という解釈ができるので,参照基準としてはこちらのほうが分かりやすいかもしれません。(※ただし,指標によっては級ごとに総語数が異なることに注意して解釈することが必要です。論文でも総注視回数と時間に関しては総語数を考慮した相関を出しています。)図までは時間の関係で掲載できなかったのでですが,せっかく作ったので行き場のない図をこちらに掲載しておきたいと思います(繰り返しますが,級ごとで文章の総語数が異なっていることに注意してください)。

英検準2級 (p2),2級 (2),1級 (p1) の文章を読解した時の眼球運動データ指標


外国語学習者を対象とした眼球運動測定研究は近年国際的に増加傾向にありますが,その流れを受けて今後日本国内でもその数は増えていくのではないかと思います。その際,本論文で示したデータが1つの参照基準となれば幸いです。本論文は,このような動機で書かれていることを踏まえ,そしてオープンサイエンスのために,論文で示したデータ等は全てOSFで公開しています(現段階では論文にアクセスできるのは学会員だけなので,1年後に論文がウェブ公開されるのに合わせて改めてこちらにもリンクを貼る予定)。国内の英語教育学会誌ではまだまだオープンサイエンスの事例は見かけませんが,今後どんどん増えていくと良いと思っています。

今回の論文では文章単位での "global eye movement behavior" に焦点を当てているので,個別の単語に対するデータ,たとえばどの単語が読み飛ばされたかや,各単語に対する注視時間などのデータは含まれていません。これらのいわゆる  "local eye movement behavior" に関するデータは,別の研究として今後発表予定です。

最後に,本論文は,先日筑波大学をご退官された卯城祐司先生が共著者の一人として加わっています。先生が様々な形で貢献された学会である全国英語教育学会学会誌で,(筑波大学所属としては)最後の論文を一緒に執筆・掲載できて良かったです。


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