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Cop et al. 視線計測研究のレヴュー

Ghent UniversityのUschi Cop氏が中心となって行った一連の視線計測研究の論文を読んだので,それらをまとめたいと思う。これらはいずれも比較的近年に刊行された論文で(2015~2017年),分析した部分は異なるものの,基本的に同じ視線計測データコーパス(Eye-tracking corpus)を活用したものである。このコーパスには,英語を母語とするモノリンガル14名とオランダ語をL1,英語をL2とするバイリンガル19名が小説を読解した際の視線データが含まれている。協力者数は少ないものの,1人につき約5万語,5,000文ほどのデータが含まれている。

どの論文においても,データが大規模であること,小説という自然な言語材料に対する読解であること,L1とL2両方のデータを含むことがこのコーパスの特徴・意義であることが主張されている。そして,このコーパスに基づいて,(a) モノリンガルとバイリンガルのL1読解,(b) バイリンガルのL1読解とL2読解の比較を行うことがどの研究においても主眼となっている。

Cop, U., Drieghe, D., & Duyck, W. (2015)

まず1つ目の研究は以下である。

Cop, U., Drieghe, D., & Duyck, W. (2015). Eye movement patterns in natural reading: A comparison of monolingual and bilingual reading of a novel. PLOS One, 10, e0134008. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0134008

この研究は冒頭に述べた視線計測データのうち,文の注視時間や注視回数,平均注視時間やサッケード長などのいわゆる "global eye movement patterns" を指標としている。これ以降の研究は全て単語レベルの指標が扱われているが,この研究では文単位の指標を使うことで,L1,L2読解プロセスの大局的な違いを比較している。L2のほうがL1よりも平均注視時間が長く,サッケードが短くなるなどの当然の結果が示されているが,このようなL2読解の基本的な視線計測指標の情報は不足していることが指摘されているため(Godfroid, 2019),資料としては貴重なものであろう。加えて,モノリンガルの読解とバイリンガルのL1読解では違いが得られておらず,これ以降の研究でも度々言及されるthe weaker links accountの観点からこの結果が議論されている。

Cop, U., Keuleers, E., Drieghe, D., Duyck, W. (2015)

次も2015年の研究である。

Cop, U., Keuleers, E., Drieghe, D., & Duyck, W. (2015). Frequency effects in monolingual and bilingual natural reading. Psychonomic Bulletin & Review, 22(5), 1216-1234. https://doi.org/10.3758/s13423-015-0819-2

この研究は冒頭に述べた視線計測コーパスのうち,単語のsingle fixation durationを分析対象として,語彙頻度による影響を比較している。分析の結果,頻度効果はL1読解よりもL2読解で大きいが,モノリンガルとバイリンガルのL1読解では頻度効果の大きさに差はなかった。この結果もthe weaker links accountの観点から議論されている。また,L1とL2の習熟度を要因に含めており,読解する言語に限らず,L1習熟度が高いほど頻度効果が弱くなるという結果が得られている(ただし,ここでいう習熟度は複数の語彙テストで測定されたものである)。

Cop, U., Dirix, N., Van Assche, E., Drieghe, D., & Duyck, W. (2017)

次は2017年の研究である。

Cop, U., Dirix, N., Van Assche, E., Drieghe, D., & Duyck, W. (2017). Reading a book in one or two languages? An eye movement study of cognate facilitation in L1 and L2 reading. Bilingualism: Language and Cognition, 20(4), 747-769. https://doi.org/10.3758/s13423-015-0819-2

この研究では単語のfirst fixation duration, single fixation duration, skipping rate, gaze duration, total reading time, go past timeを分析対象として,同根語 (cognate) の処理をL1読解とL2読解で比較している。最初の4つの指標がearly processing, 最後の2つがlate processingを反映するものとして分析されている。分析の結果,L1とL2の両方でearly processing, late processingともに同根語の影響が確認されているが,分析では完全な同根語 (identical cognate) か否かに加え,orthographic overlapや単語の長さ・頻度,L1・L2の習熟度なども要因に含めているため,得られた結果はかなり複雑なものとなっている。

Cop, U., Dirix, N., Drieghe, D., & Duyck, W. (2017)

最後も2017年の研究である。

Cop, U., Dirix, N., Drieghe, D., & Duyck, W. (2017). Presenting GECO: An eye tracking corpus of monolingual and bilingual sentence reading. Behavior Research Methods, 49(2), 602-615. https://doi.org/10.3758/s13428-016-0734-0

この研究ではこれまでに分析に使用していたデータについて,単語のfirst fixation duration, single fixation duration, gaze duration, total reading time, go past timeの5つの読解時間についてL1とL2のデータ分布と記述統計を提示したものである。本来この研究が最初に来てもいいように思うが,2015年の頻度研究と違って複数の視線計測指標を分析している点,2017年の同根語研究と違ってデータに含まれるすべての単語を分析対象としている点がこれらの過去の研究とは異なっている。また,そもそも分析した結果よりも,このコーパスの利用価値を伝えることに重きが置かれているような論文である。一応の結果としては,得られた視線計測データが正規分布していないといったことや,L1に比べてL2のほうが読解時間が長いというようなことが述べられている。そして,この研究で使用されたデータを含むコーパスをthe Ghent Eye-Tracking Corpus (GECO)と名付けている。(ただし,これ以降の論文を見ると,この研究で使用されたデータだけでなく,例えば2015年の研究で使用された文レベルのデータなども含め,一連の研究で使用されたデータ全体のことをGECOと呼んでいるようだ)


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