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だらしなさの向こう側へ
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『歯医者に通う人って、やっぱり根本的にだらしない人が多いんだな。』
って、実感した話。
私は定期的に歯のメンテナンス目的で歯医者に通い続けています。
前~に歯医者に通い始めたいきさつの話を書いたので、その辺の話は省きますが、引き続きたま~に歯医者に行く生活なのです。
そして、これも前にも書きましたが、私自身も子供の頃を筆頭に
・自分のケアができない
・自分の身の回りの色んなことに対してズボラ
・雑でだらしない
こんな要素をしっかり持っていたタイプの人間なので、当然こういった特徴の延長線上に
[口腔内環境が悪い]
という事態を招いていました。
【自分の生活】をぞんざいに扱っていたツケが完全に口の中に現れていたタイプで、外ではキッチリするよう気を付けながらも、家ではかなりズボラな行動を取るようなタイプだったのです。
ティーンエイジャーの頃なんかは、本当に、
[一度始めた物事を最後までやりきる]
ということが全くできないタイプでもありました。
そしてある時、
「文字を書く際、とめ・はね・はらい、をしっかり書ききるように心掛けると、物事を最後までやりきることができる人間になる。」
ということを知り、私は文字を書く場面では一所懸命、それらを心掛けるようにしました。
また、
「小さい文字を書き続けると、消極的(あるいは人間性が小さい、というニュアンス)な人間になる。大きい文字を書くようにすると、積極的(大胆というか、堂々としたニュアンス)な人間になる。」
という話からも、常々かなり大きな字を書くように気を付けて過ごしていました。
すると、二十代後半にもなる頃にはしっかり、自分が始めたことはやりきる、要は自分との約束を守れるように変わることができたのです。
そんな風に、だらしない側面を少しずつ少しずつ排除できていった流れで、この度、口腔内の手入れをするに至れた…という話なのですが、私の中では、私自身のだらしなさが招いた歯医者通院であることは間違いないのです。
これまで、
『ゆーても、歯医者に通う理由なんて人それぞれ、色んな原因はあるよね。』
と考えていたんです。
そもそも生まれつき歯が弱い家系もあったりするようですし、当然、虫歯になりにくい歯、なりやすい歯などもあるでしょう。顎が小さいとか、喫煙習慣があるとか、歯医者に通う羽目になる理由は千差万別であることは間違いないはずです。
だから、ほんのり
『多分、歯を大事にできてなかったレベルで言うと、私はなかなか上位に着いてしまうんやろなぁ…』
位に考えていた程でした。
私の場合、
『どうして、私の家族はまともな指導してくれなかったんだ!こんな、自分の歯をまともに手入れできてない家になんて産まれてくるんじゃなかった!』
といった、家族への恨みや、
『たかだか"自分の"歯程度手入れできてなかった自分って、なんて情けないんだろう…。』
と、恥じる気持ちなど、複雑な想いも入り交じっていたため、劣等感の方が強かったのです。
ある日、朝一の予約が取れたので、歯医者に行ったのですが、意図せず、予約時間の15分位前に着いてしまいました。まぁ、歯医者には入れるのですが、待ち合い室でしばらく待つこととなります。
すると、必然的に続々と患者さんが訪れる様子を観察し続けることになったのでした。
病院というのは大抵、外から玄関へ入る扉と、玄関から院内へ入る内部扉の二重構造になっている所がほとんどなのではないでしょうか。私が通う所も漏れなくその構造です。
まず、1人目が玄関に入り、続いて2人目の来るタイミングが絶妙に被ると、
・1人目が靴を脱ぎ、スリッパを履く
・2人目が靴を脱ぎ、スリッパを履く
・1人目が内部扉を開け、待ち合い室に入る
・2人目が待ち合い室に入る
こういう流れになりますよね。
私は、上記のように被ってしまった人々を何組か目撃したのですが、こぞって誰も内部扉を閉めないのです。
当然、待ち合い室はエアコンが効いているし、玄関は外程ではありませんが、若干気温が高い空間になっている…にも拘わらず、みんな、内部扉を開けっ放しにするのです。
恐らくあの人々の心理はこうです。
1人目
『後続の人のために、扉を開けといてあげよう。』
『後続の人がいるのに、扉を閉めるのは忍びない。』
2人目
『自分が扉の前に来たときは扉が開いていた状態だった。だから、開けっ放しにしておくのが正解。』
こんなところでしょうね。日本人らしいというか何と言うか…。全員の心理を聞いてみた訳ではないので、断言もできませんが、まぁ十中八九上記の通りだと思います。
また、地域差、世代差も多少ありそうですが、
・自分が扉を開ける
・自分が扉を閉める
など、
[現状とは違う状態へと"自分が"ムーブメントを起こす]
という行動を嫌うのが、いかにも日本人らしいというか、おじさん、おばさん臭いというか、
『あぁ、この地域の人たちらしい行動心理だな。』
っていう気もしたし、
『やっぱ、歯医者に通う羽目になる人って、尻拭かずが多いんだな。』
って、妙に納得したんですよね。
1人目の立場になってしまった人であれば、一言
「扉開けときますね。」
って、後続の人に声を掛けてあげれば、次の人も
『あ、自分が閉めれば良いんだな。』
と、伝わる人も数名出てきたであろうに、誰も声すら掛けないんです。
と、言うか、まぁタイミング次第ではあるんですけど、そもそも
『次の人のために…』
とか考えずに
・自分が入るために扉を開ける
・自分が扉を開けたのだから自分で閉める
って、各々都度開け閉めするのが筋だと私は思うんですけどね。
『目の前に次の人がいるのに、扉を閉めるなんて失礼だから…。』
とかいうのは言い訳でしかないんです。
『扉を閉めるのは忍びない。』
↑と、考えているのは1人目の人本人なんです。その忍びないという気持ちの後始末を
『だって、後続の人がそこにいるから。』
と、他人のせいにして擦り付けるのは、自分の感情を自分で処理しない、怠惰なんですよ。
後続の人を気遣う体を貫くのであれば、やはり
「扉開けておきますね。」
と、一言掛けるのが筋なんです。
・一言掛ける
・扉を閉める
どちらもやらない、って、だらしないなぁと、私は見てて思ったんです。
2人目の人にしても、恐らく殆どの人が、先に入った人が扉を開けた所を横目でも見ていたはずなのです。
それなのに頑として扉を閉める素振りすら見せないのは、
『だって、開いてたんだから、自分が閉める義務ないじゃん。』
と、子供のような言い訳を心の中で述べてるとしか思えません。
仮に、前の人が扉を開けたところを後続の人が見ていなかったのだとしても、真夏や真冬といった、明らかに空調が付いていると分かる季節に内部扉を閉めないなんて、素行が悪いなぁ、という目で私は見てしまいました。
私個人的には、2人目のタイミングに入った人全員の方が、1人目のタイミングの全員よりも
『行儀悪いなぁ!』
と感じました。
明らかにヨボヨボなお年寄り…なんかがそんな風に扉を閉めないのであれば、それは仕方ないものなんじゃないかと思うのですが、全くそこまでのお年寄りではないんですよね。全員、40~60代位に見えました。まぁ、そんなにハッキリ顔などを観察していた訳ではないので、これも断言はできないのですが、確実にいい歳した大人がみんな、扉を閉めなかったんです。
この様子を見ていて、真っ先に
『あぁ、やっぱ、歯医者に通う人間の民度ってこの程度なのかもなぁ😑』
って、妙に自分に対する情けなさが湧いてきた訳ですよ。
だらしなさのツケは歯に現れるのが世の常なんだな。
って、自分で自分に対して、グサッときてしまったのでした。
『まぁ、今回の経験を反面教師として、今後様々な場面で、しっかり自分のケツは自分で拭くよう行動に気を付けよう!』
と気が引き締まった出来事だったのですが、過去の自分のだらしなさを突き付けられた感じがして、苦い経験でしたね。
私は、人は変われるって思ってるんですよ。変わるまでには、なかなか精進が必要だとも感じてますが。
実際昔の自分よりも今の自分はしっかり成長できた、と自負していながら、昔の自分の名残が口腔内に残っているのだと思うと、
『過ちって、精算しきれないもんなんだな。』
って、凄く切ない気持ちにもなるんですよね。もう終わった過去のはずなのに、過去の汚点が刻み込まれているようなものです。
詰め物だらけの歯、歯並びも決して綺麗とは言えない、虫歯の痕跡もうっすら点々と…
できることなら永久歯へと生え変わるあの頃から歯をリセットしたいのに、そんなこと絶対できないんですよね。タトゥーやピアスの穴よりも質が悪いような気がしてしまうのです。できるのは、これからの口腔内を悪化させないために手入れを続けることだけなんです。手入れを続けたところで、改善する訳ではなく現状維持が関の山じゃないですか。取り返しのつかないことをしてしまったような悔しさが若干残るのです。
前に記事で書いたように、フロスなど、歯の手入れを始めてみると案外継続できているので、だからこそ逆に
『私って、手入れすればできるタイプの人間だったんじゃん、じゃあ、何で昔からやっとかなかったんだよ!』
といった、後悔が拭いきれないところがあるんですよね。とはいえ、自分を変えられたから継続できるようになったということも実感しているため、嘆いても仕方ないことも承知してはいるのです。後ろを向いていても何も始まらないことは分かっていながらも、毎日目にする場所だから、過去への執着が甦ってしまいやすいという、何とも皮肉な存在。まざまざと現実を突き付けてくる、それが歯なのです。(私にとって)
今日より若い日はきません。この話にピンときてる人は、すぐにでも口腔内環境の手入れに意識を向け始めることをおすすめします。
私はどうも、
・だらしない自分
・だらしない他人
どちらも許せない気持ちが強いタイプのようです。
まぁ、そもそも、几帳面というか、拘りが強いというか、神経質な性質が強いので、
『何事も整えておきたい。』
という本質であることは間違いありません。そんな私がだらしない人たちの家庭の中でだらしない子供に育てられていた、という事実に対して腹が立つ気持ちもあります。
それとはまた別に、本来人間として生きる上では、自分の身の回り、生活に密着している様々な出来事に対して"自分なりに"一所懸命に取り組むことで、その人に適した運や氣の流れが活性化するのですが、だらしない人間は自分のすべきことにもだらだらと言い訳だけを並べ続けるばかり。すべきことに一切着手せずに、【自分のすべきことをキチッとこなしている人間】の足を引っ張ることに対してだけは凄まじい実行力を発揮するという情景を私は沢山見てきたため、基本的にだらしない人間には嫌悪感を感じます。
他人が関わらない場面でだらけ続ける分には、そのツケを払うのは当の本人なので何も思わないのですが、だらしない人間の多くは総じて他人の邪魔をするし、挙げ句自分が邪魔していることに気付きもしないので、極力関わりたくないんですよね。
私自身の身の回りの運も氣も活発に廻って欲しいし、私自身が取り組むべきことには一所懸命取り組みたいし、邪魔をされたくないのです。また、他人に邪魔されたくないのも勿論だし、
『自分が自分の身の回りの事柄に一所懸命取り組むことで運も氣も廻る。』
と、理解していながらだらしないことをしてしまった自分を見ると、自分に呆れ、嫌気が差して辛いので、
『だらしない自分を見たくない。』
という側面もありますね。
私がだらしない人間(自他共に)を嫌悪する理由は複合的です。
イメージの話ですが、
【今、この瞬間がスタートライン】
なんです。
・出した物を出しっぱなしにする
・汚した物を汚したままにする
こういった、だらしない行動は、わざわざ自分自身のスタートラインを自らの手でマイナスの位置に下げているようなものなんです。だらしなく生活するということは、毎度毎度、自分の目の前の現状が整う前の状態から始めなければいけないということなので、前に進んでも[スタートラインに戻っただけ]で終わりやすい状態を維持しているようなものなのです。
出した物は、仕舞うべき場所に仕舞う。
汚したらすぐに拭く。
自分の目の前の現状を整えた状態でキープしていれば、スタートラインは下がらないので、着実に前に進みやすいということになります。
自分が自分の手で自分を下げる。
損だと思いませんか?
ズボラとか、だらしなく育つのには、様々な理由があるのも分かるので、「とにかくキチンとしなさーい!」
なんてバカなことを言う気はさらさら無いのですが、自分の身の回りの始末はつけられる人はもっと増えても良いんじゃないでしょうか。
それこそ基本中の基本、
・自分で出した物は自分で仕舞う。
・自分が汚したら自分で拭く。
こういう小さなところから心掛ける必要がある人って少なくないように感じるんですよね。
自分のすべきこと、他人に委ねるべきこと、この辺の見極めにも
『自分は今、自分のことで片付けなければいけないものはなかったかな?』
などと自分自身のことを的確に観察する必要性があり、これまでの時代の
『あの人は今、何をしてるんだろう?それに合わせて自分はどう動くべきかな?』
といった他人への干渉を中心とした行動を減らしていくことが大事にもなってきます。
『あの人はこう考えるだろうから…』
『常識的にこうだから…』
『世間体を考えるとこうだから…』
ではなくて、
『今、自分が自分で片付けないといけないことは何だろう?』
のように【今、この瞬間】や【自分自身】への集中力を発揮して振り返られるようになっていく人が増えれば、自他共に自由になれる人は増えるので、この話にピンときてる人は自分の行動を見直してみてください。
自分の行動の理由、責任を他者に押し付けることはやめていかないといけないのです。
みんなで、責任の擦り付け合いを止めていきませんか?
1人1人、自分が片付けるべき事柄に真摯に向き合うことが自立だし、だらしなさからの脱却だし、自分を大切にすることでもある訳です。
私は、自分を大切にできる人が増えることを祈っています。
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