店番と銀杏の葉
知り合いの雑貨店の店番を預かった。
クリスマスイベント中で忙しいタイミングがあったり、ピタッと流れがやんだりの客足を見つつ、頼まれた雑用をこなしていた。
あと少しで閉店という19時過ぎ。
外から音が聞こえる。
ザッザッ ザッザッ
ザッザッ ザッザッ
なんだろう?
と外を見ると、おばさんがほうきで歩道を掃いている。
ザッザッ ザッザッ
規則的に聞こえてきたのはほうきで銀杏の葉っぱを掃く音だったのだ。
その日来ていた常連さんが昼間、
「わぁ、銀杏の絨毯ができてるね。きれい。」
と言っていた歩道。
だけど…いや、そうだよな。掃除しなきゃいけないよな。
自分の店の前だし。滑ると危ないし。
やってもらっちゃ申し訳ない。
でもまてよ、私は店番だ。
銀杏の葉っぱの掃き掃除は頼まれてない。
だから気にすることはない。のか?
いや、でも自分の店の前だもん、自分で掃除するのが本当よね?
でも余計なことしてあとで店の人に何か言われたら嫌だな。
いろいろ考えていたが、その間も
ザッザッ ザッザッ
と音は続いている。
何なら店の前を長めに掃いてるのかな??
とりあえず挨拶はしよう。それは悪い事じゃない。
そう思って、店のドアを開けて
「ありがとうございます。掃いて頂いて。」
そう言ったら、おばさんが一言、
「あら、手伝ってくれるの?」
思考時間0.5秒…
「はい。手伝います。」
上着を羽織って、店のほうきとちりとりを持って外に出た。
昔勤めてた会社で先輩に
「あなたがやったら他の人もやらなきゃいけなくなる」
というような事を言われた事がある。
自分が良いと思う事をやって責められる事もあるんだよな…とやや曇った気持ちもありながら、寒風吹く中1人で銀杏の葉っぱを掃くおばさんを、私は放っておけないのだ。
誰かに何か言われるのを嫌がって何かをしないとか、嫌だな。
自分の心に正直でいる方が、結局気持ちいいんだ。
そう思っておばさんの所に行ったら、店のよりもしっかりして大きいほうきとちりとりを用意しておばさんが待っていた。
おばさんはお店の建物の大家さんだった。
おそらく80歳近いお年頃。
ますます放っておけないじゃないか。
「あら、本当にいいの?ありがとねぇ。」
大家さんはこの時期、毎朝毎晩銀杏の葉を掃いているらしい。
「最近はこの辺り年寄りしか残ってないの。
ほうきで掃いてても、おばさんが掃除してると思われるだけで誰も手伝ってくれない。」
そう言ってた。
(と言うことは、店の店主は普段手伝ってないのかな?)
(余計な事したかなぁ。)
店主の顔を思い出しながら、でもやっぱり私は見て見ぬふりできない。
ザッザッ ザッザッ
と掃いて山になった銀杏の葉をほうきとちりとりで挟んですくうようにしてゴミ袋に詰める。
全然減らない。
それに昼間の小雨のせいで歩道に張り付いた葉っぱは、ほうきでこそいでもなかなか取れない。
腰が痛い。
中腰姿勢は普段しない動きであり、冬至のこの日はとても冷えた。
でもやると決めたらやるのだ。
しゃがむ、いちょうをすくってゴミ袋に入れる。
山が無くなったら次の山。無くなったら次の山。
無心で銀杏と向き合う。
「だいたいでいいよー、風が吹いてキリなく落ちてくるからね。」
大家さんがそう言ってくれたので、だいたいのところまで葉っぱを拾って、ゴミ袋の口を結んだ。
2袋ズッシリパンパンに詰まった。
重たかった。
大家さん、毎日やってるんだね。
「いつも銀杏をみたら、黄色くてきれいだなぁとしか思わなかったけどこれからは、「大変だろうなぁ」って思うと思います。」
笑いながらそう伝えたら
「そうよ〜。あなたが77歳になった時に、私もがんばらなきゃ、って思い出すのよ。」
と大家さん。
「でもね、これをやってるから元気なの。」
そう言って笑ってくれる。
今までも大家さんとは会った事があるし、挨拶を交わした事もあるけど、こんな笑顔は見た事がない。
「あなたごはんは食べた?よかったらおでんなんだけど持って行く?」
そう言ってもらったけど、遠慮した。
店に戻ったら閉店時間を15分過ぎていて、急いでレジを閉めて閉店作業した。
トントン
と店の内扉をノックして、大家さんが顔を出した。
「これ、私が好きなお菓子なの。良かったら食べて。」
そう言ってお煎餅をくれた。
「わぁ嬉しい。ありがとうございます。」
なんか、大家さん、よっぽど嬉しかったんだな。
店を閉めて帰路についた。
気分が良かった。