ビジョンクエスト1日目

2022年の秋。ビジョンクエストを行った。

ある人(以降、Aさんと呼ぶ)が出した本を読んで心が大きく動き、意を決して連絡した。
Aさんがやってないなら自力でやるから教えてほしいくらいだったし、そう伝えた。それくらい心が動いていた。
今思うと、ネイティブ・アメリカンのことを知らないのにその教えや儀式を自力でやるのは無謀なのだが。

ビジョンクエストとは、アクティビティやセミナーではなく、自分自身の心の深いところと世界の神秘を扱う神聖な儀式だ。
Aさんは主催者ではなく、みんなの人生の旅をサポートする。自分の道を歩もうとする人に対して「面倒を見る」というスタンスは取らない。問題があるときは解決に尽力してくれる。

Aさんが用意してくれたのは

  • ブルーシート

  • 蚊取り線香

  • マッチ2箱

  • メディスン・ドリンク(3日目にAさんが様子を見に来てくれて、身体がやばい人に渡された。本当にやばいとき以外は飲まない、いろんな薬草で抽出されたお手性の飲み物)

  • 問題が起きたときの連絡手段としてのスマホ2台(身ひとつで挑んで大雨にやられて、これを使って装備を増やした人もいた)

各自が持ってくるものとして提示されていたのは

  • 寝袋

  • 暖かい服装(この時期の山は寒いので)

だけど、自身と世界との関係性で持ち物を決めていい。「問題は避けたり、一切起こらないようにするべきものではなく、学びを与える恵みである」というのが基本的な考えだ。
実際、寝袋を持ってこない人もいたし、身ひとつで挑んだ人もいるし、生理用品を持ってくる人もいた。
各々、自分の道を歩むために選択した。


1日目。
10時までに飲食を済ますようになってた。いつも通りの食事でいい。昨日ガッツリ食べたので、今日はレトルトのおかゆとミネストローネを食べた。時間ギリギリまで、たまにチョコレートも食べた。

前泊した場所から集合場所は離れているため、9:30に出発することになった。その時間までは、できる限り過去や未来に分散している自分を今に集めて、あらゆるものへのジャッジを脇に置き、心を裸にする準備をした。我ながらいい意識で過ごせたと思う。いい準備時間だった。

集合場所に到着した。少し談笑したあと、セレモニーを行った。火を囲んで、円形に座る。
儀式中にやったことや、時系列があやふやになってる。以下、覚えているものだけ書き出す。

  • 率直に今出てきた言葉を一言で伝えた。

  • たばこを入れたパイプを時計回りに受け取り、無理のない範囲でいただく。詳しくは4日目の記事に記載する。

  • 大地の鼓動を表す太鼓を鳴らし、その音をみんなで感じた。

  • これからの4日間に向けて思っていることなどを語った。各自が言い終わるごとに、Aho(ありがとう)と言った。

  • 4つの方角の歌(Four Direction Song)を歌った。

  • もうひとつなにかの歌を歌った。

セレモニーを終え、山を登った。鉄塔のところまでは道が整備されていたが、そこより先は道なき道を進む。目印がないと迷子になる場所。落ち葉に覆われ、ジメッとしていた。
普段の山登りではこまめに水分をとるが、今回はできない。しっかり口を閉じて、極力汗をかかず、体の負担にならない動きを探しながら歩いた。

1時間もかからなかったと思う。目的地に着いた。
みんなとハグをして、幸運を祈り、4日間過ごす場所を決めるため散り散りになった。

3箇所見て回った。
1つ目はぽっかりと空が見えて日の当たる、苔むした大きな石が積み重なった場所だ。しかし、その場所からは他の人が見えるため、別の場所を探すことになった。石が崩れる可能性もよぎったが、気にしてなかった。
2つ目は平らで寝やすそうな場所だった。しかし座った瞬間、蚊などがめちゃくちゃ寄ってきた。落ち葉は乾燥しているけど、湿気た場所なんだと思いやめた。
3つ目は少し斜めった場所。虫は湧いてこない。あまり空は見えないが、ハート型に広がった枝葉や隙間があって可愛かった。大きい枝が引っかかっており、風が吹くと少し揺れていた。落ちてくる可能性もよぎったが、少なくとも私がいる間は落ちてこないと思ったので気にしなかった。実際、落ちてこなかった。そのような状態も含め、なんか好きな場所だった。

ホワイトセージで清めた麻紐で結界を張る。トイレ以外ではここから出られない。トイレから帰ってきたときは、結界に入る前にパロサントで清めてから入る。パロサントやホワイトセージはいつでも焚いていい。しかし、焚き火は禁止されていた。山火事を回避するためである。

荷物を置き、寝そべってみた。
目に見えるものを見る。空はあまり見えない。木漏れ日が美しい。風も、木々のざわめきも心地いい。
ただそこにあるものを、五感で感じた。言葉はいらなかった。

日が陰ってきた。見えるうちに寝袋を敷き、夜に備える。標高の高い地域の夜は、もう冬のように凍てついている。この山は標高が低いが、どこまで寒くなるのかわからない。冬用のズボンに履き替えて、寝袋に入った。

空の変化が美しい。枝葉が額縁になり、美術館のようだった。こんなにも色が変わっていたのか。外を見ない仕事をしていると気づかないだろう。何を意識するかで、こんなにも世界は違って見える。

放送が流れた。夕方によく聞く曲だ。この町には初めて来たため、何時に流れるのかわからない。目安にはなるが、気にしないことにした。ここに来たら、時計の時間はあってないようなものだ。時の流れは空が教えてくれる。過ごした夜の数さえ覚えておけばいい。

気づけば寝ていた。昨日からの移動疲れもあるのだろう。もう夜だった。満月になる前なので、月明かりが眩しい。枝葉に覆われているため、私からは全体像が見えない。少し寂しかった。
飛行機の音、電車の音。虫のさえずり、鳥の羽ばたき。昼間よりもよく響いている。一等星がちらちらと見えた。
目を閉じ、耳を澄ます。音に包まれる心地よさよ。音も豊かだ。こんなにも私を満たしてくれる。

また気づけば寝ていた。あたりは真っ暗。深夜を過ぎたころだろうか。深い夜だ。
身体が熱い。寝袋の中が意外と暖かい。少し汗ばんでいる。これ以上、貴重な水分が抜けてしまうのは避けたい。冬用のズボンだけ脱いだ。
頬にあたる風が心地いい。体を起こし、夜の山を感じる。思った以上に寒くない。過ごしやすい夜だ。
目を凝らしてみたものの、境界は曖昧だ。暗闇に目が慣れるまでに時間がかかるが、それにしても暗かった。

ふと、トン、トン、トンと、重たい音が聞こえた。木が落ちた音かと思ったが、こんなにも均等に重く鳴るものなのか疑問になった、刹那。

ーー見られてる。

そう感じた。
体を起こした私よりも大きい。獣だろうか。その目で私を捉えているかんじがする。「結界があるせいか不思議と獣などは寄ってこない」とは聞いていたものの、悪い想像をする。私はまだ夜目が利かない。状況としては圧倒的に不利だ。
一瞬、怖くなった。しかし、セレモニーを思い出した。
All my relations。そう思ったとき、怖さは消えた。すべてが繋がっている。すべてに愛がある。そう思うと、愛しさが出てきた。本当に獣がいるのかはわからない。それでも初日の夜、こうして出会ってくれたことに感謝した。それで十分だった。

これ以上気にしても仕方がない。いそいそと寝袋に身を包み、眠りについた。
後日、他の参加者から猪の目撃情報が入った。こちらにも来ていたのかもしれない。


つづく

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