『十角館の殺人』と格闘した(Twitter副音声:22/03/29)
本を読んだ。
綾辻行人さんの『十角館の殺人』。
ミステリー。
(クリティカルなネタバレはしないつもりなんですけど、それでも若干ネタバレを含む記事になると思うので以下要注意。)
内容について偉そうにどうのこうの書けるほど僕は文学知識がないので、僕がこの本とどのように格闘したかについてちょっと書く。
僕が残虐描写とか恐怖を生む雰囲気とかが基本的に苦手な人間だということを前提にして読んでほしい。
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いわゆる「新本格派」というヤツらしいが、ミステリーの歴史や分類には全く疎いのでその辺は本当によく分からない。
ただ「社会派」というヤツとの差異は何となく分かった気はする。
あんまり人物像が描かれてなくて、トリックとか推理とかに重点が置かれている。
だから読み進める原動力は基本的に知的好奇心で、バカスカ人が死んでもそこまで心に傷は負わない。
少なくともその辺の刑事ドラマよりかは平気。
ただ、それでも情景とか動機とかの描写はリアルだから、MPはゴリゴリ削られていく。
調子が良かったから3日で読んだけど、場合によっては読み切るのに3か月ぐらいかかったかもな……
同じような探偵もの(トリック暴きが中心のもの)では他に『シャーロック・ホームズ』シリーズや『探偵ガリレオ』シリーズ、あとは『名探偵コナン』辺りを読んだことがある(逆に、それぐらいしか読んだことは無い)。
この辺の作品と『十角館の殺人』の違いに、「ほぼ絶対に安全な場所から推理する探偵=主人公の存在の有無」があると思う。
例で挙げた3つはシリーズものということもあり、トリックを暴く人間がほぼ決まっている。
絶対的な探偵がいる。
そしてその人間は、基本的には起こる事件の外側にいる。
なぜか現場には居合わせるが、ほとんどの場合動機はなくアリバイもある。
たまに「犯人は○○○○!?」「 ○○○○人生最大の危機」みたいな奴があったりするけど、それはまあイレギュラーだろう。
だからそういった作品を読んだり視聴したりするときは、とりあえずその主人公に乗り移っていればいい。
僕は怖い作品が苦手な割に、作品を完全なフィクションと割り切って見ることができない人間だから、こういった主人公の存在はとてもありがたい。
言ってしまえばゲームをプレイしてるのと同じだな。
『ダンガンロンパ』なんかは相当怖いけど、主人公を操作しているのでその分気を確かに持てる。
俺は絶対大丈夫なんだと思える。
それと同様に、ホームズやコナン君や湯川学を操作してるつもりになれば、比較的心穏やかにこの世界を横断できる。
でも、『十角館の殺人』にそういう存在はいない。
まあ三人称視点で書かれる単発の物語なので、誰が被害者になって誰が犯人になってもおかしくない。
シリーズを続ける必要がないので、爆発オチで全滅とかでもギリ成立する。(最悪だけど)
だから、本来は物語を外から読んでるはずの自分も、いつか殺されるのではないかとか、その事件に対して責任を負わなければならないのではないかとか、この状況を俯瞰していていいのかとか、そういう感覚に囚われてしまう。
主人公という逃げ場がないと、自分の身をどこに置いて読めばいいのか悩んでしまう。
だから読んでてちょっと苦しかったな。
まあ好奇心とトリック暴きの面白さが勝ったんですけど……
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絶対的探偵がいないことに関連してもう一個言うと、この小説内ではトリックを暴く人間はいない。
真犯人の回想+自白を示唆する描写で終わってしまう。
だから(後日談の存在とかを考えない限りは)トリックの全貌を知ることができるのは読者だけ。
だから、楽しいのは僕だけだし、モヤモヤの霧が晴れるのも僕だけ。
ミステリーというのはそういうもの、つまり作者と読者の頭脳戦だからそれでいいのかもしれない。
なんかこの作品の冒頭で似たようなことを言ってる登場人物がいたな。
前述の通り、絶対的な探偵がいる場合はそいつが解き明かして刑事に説明して回ったりするからストーリーの中にいる人間もトリックを知ることができるんだけど、この小説ではそうはならなかった。
なんというか、問題と解説があって、問題の方は物語の中に入ってるけど、解説は別冊になっているような感覚になった。
持ち帰り謎の解答を見てるみたいな……
こういうスタイルで書かれたものを小説として読むのは初めてだったから違和感を感じたというか、慣れなかった。
でも相当に面白いと思えたので、他にも色々読んでみたい。
単純な物語ではない、作家からの出題としてのミステリーをもっと知りたい。
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そういえば新装改訂版で読んだんだけど、これってページの配置とか調整できたりするのかな……?
最高のタイミングでページが切り替わるのでびっくりした。
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