記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

物語の舵を大きく切った『呪術廻戦』

『呪術廻戦』が今、面白い。

ちょうど1年ほど前から始まっていた「渋谷事変」編が、いよいよ佳境を迎えることとなった。長い間繰り広げられていた呪霊との戦いも、ようやく決着の時を迎えることとなる。せっかくなので気分が盛り上がっているうちに、一本感想を書いてみたいと思う。

(以下、『呪術廻戦』と『僕のヒーローアカデミア』のジャンプ本誌ネタバレ有り)




「渋谷事変」編が完結した。既にお読みになった方はわかっていると思うが、呪術師のれっきとした「敗北」である。「辛勝」でも「引き分け」でも「痛み分け」でもない、大敗北。ジャンプ(あるいは少年漫画全体)を牽引するバトル漫画で、ここまで明確な敗北が描かれたのは、久しく見ていない気がする。ルフィもナルトももちろん負けてはいる。だが、ここまで取り返しのつかない負け方ではなかった。ONE PIECEの頂上戦争で、エースが死んだくらいであろうか。だが、この戦いでさえ「白ひげ海賊団 vs 海軍本部・王下七武海」という構図は「黒ひげ海賊団」の乱入により勝敗が有耶無耶にされた感がある。

今回の呪術廻戦のキモは単なる敗北であるということではない。3年近くの連載で描かれてきた「日常」が、不可逆的に「崩壊」した、ということにこの敗北の核心がある。この敗北により、呪術廻戦という物語が「日常の死守」から「世直し」へとシフトしたのだ。

「世直し」とは、要するに悪役、あるいは何らかの悪意により荒廃した世の中を、主人公があるべき姿へと返す物語である。最もわかりやすい例で言えば『ドラゴンクエスト』であろう。暗黒が支配する世界を、主人公たる勇者が冒険し、仲間を集め、最後に魔王を討ち取って世界を平和にする物語である。

もちろん、この手のストーリーはいくらでも世の中にある。しかし、たいていは物語の開始時点で、既にこの世は荒廃している。物語の最初にそのきっかけが描かれるパターンもある。最たる例は『進撃の巨人』だろうか。超大型巨人の襲来が壁の中の生活を破壊し、エレンを巨人の駆逐へと向かわせる。

対して、「日常の死守」とは何か。これは、日常の裏に潜む闇から、人知れず世界を守る物語である。直近の有名作品では『鬼滅の刃』が該当するだろう。炭治郎は家族を殺され、自らの妹が鬼にされることで鬼の存在を知る。だが、それは世の中が激変したわけではない。あくまで、彼が世界の新たな一面を知った、という出来事に過ぎないのだ。実際、『鬼滅の刃』の世界では、「鬼」は噂程度のお化けのような存在として語られている。鬼殺隊は、人々の生活を守るために、最後まで人知れず戦うのだ。『鋼の錬金術師』もこの物語に該当したのだと思う。

「ポスト鬼滅」とも評される『呪術廻戦』も、この物語の形だと誰もが認識していたはずだ。第一話で、主人公である虎杖は「呪い」の存在を知る。それは、はるか昔から日本の裏に存在していた事象。そんな「呪い」から人々を守るために虎杖は呪術師となり、仲間とともに戦うようになったのだ。連載当初から「渋谷事変」に至るまで、この物語は「日常の死守」を軸に話が進んでいたはずだった。

だからこそ、「渋谷事変」であっても、結局は世の中は元の鞘に収まる、と無意識的に考えていた読者は多いだろう。封印された五条悟が奪われることがあっても、虎杖たちの活躍によって辛くも日常は守られ、次のフェーズに物語が進んでいく、という物語を、誰もが勝手に想像していたのではないだろうか。

だが、現実はそんなに甘いものではなかった。物語が一気に入れ替わったことを、我々は目の当たりにした。3年かけて丁寧に描かれていた「日常」が、完全に崩壊している。日本の首都機能は完全に麻痺し、東京は文字通り魔都と化した。

確かに虎杖は、宿命の相手であった真人に勝利し、彼を祓う一歩手前まで追い詰めた。だが、首謀者である偽夏油からしてみれば、それすら瑣末な問題である。そればかりか、この勝利を利用して、偽夏油はまんまと真人の術式の抽出に成功している。結果として、呪術全盛の時代が日本に到来する。

奇縁というべきか、同じくジャンプの看板作品『僕のヒーローアカデミア』も同時期に大きな節目を迎えた。こちらも、どんなに甘めに見積もっても「痛み分け」。主人公側の勢力である「ヒーロー」は、やはり一人の魔王に敗北した。ヒーローのあり方が根本的に問われる新たな展開を迎えている。だが、デクたちがヒーローを志す成長の物語という骨子そのものは、大きくは変わらないだろう。

『呪術廻戦』はそうはいかない。日常は完全に崩壊し、物語は「世直し」へとシフトしていく。そこで描かれる崩壊した世界は、積み上げられた日常との対比と相まって、より陰鬱とした世界として描かれるのではないか。最初から崩壊した世界が描かれる物語とは一線を画する。感覚としては、『ハリー・ポッター』シリーズがクライマックスに向けダークな内容に変化していったものに近い。だが、『呪術廻戦』はまだクライマックスが見える気配もない。

しかも、この作品は、『HUNTER×HUNTER』とも通ずる、読者を唸らせるリアリティ(必然性という言葉の方が適切だろうか)も持ち合わせた作品でもある。要するに、魔王として君臨した偽夏油を退治しただけで平和が訪れるような、安易なご都合主義に流れることはないはずなのだ。正直、どうやって物語を畳むのか、今の段階では見当もつかない。

渋谷事変は、「事変」と名のつく通り、歴史を大きく変える出来事となった。崩壊した世界の中で、呪術師たちはこれから先、何と戦っていくのか。今後も楽しみにしたい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集