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小説 最終章 美しき教え
前回までのあらすじ
美織は、いよいよ訓練本番を迎える。
ただ、ここでも困難が待ち構えている。
果たして、美織は一人前の客室乗務員になれるのだろうか。
運命の出会い
そして、OJT期間のちょうど真ん中あたり。
少しはフライトにも慣れているけど、美織は全然仕事ができていないと自分でもわかっていた。
先輩たちから褒められることが、少ないからだ。
そして、今日のフライトメンバーは、全てベテランの先輩ばかり。
一番下の先輩でも、CA歴3年。国内線で旭川線往復だった。
秋の北海道シーズンだったが、早朝のお客様の人数は、3分の2程度で、満席でもなく、少なくもない、というフライトだった。
教官は、とても美しいけどピリッとしている、初めてお会いする方。
小柄だけど、スタイル抜群で、アップした髪もツヤツヤして、隙のないメイクだけど、優しい笑顔を持つ人だった。
フライト中は、私の仕事で不足している部分は、いつも冷静に、でも的確に指摘してくださっていた。
でも今日も仕事は全然できていないし、ミスも多いのは自分でもよくわかっていた。
「ああ、また今日もたくさん言われるな」
そう覚悟して、でも半分は言われることに慣れてきていたので、諦めの気持ちで他の先輩方からのアドバイスを聞いていた。
そして、今日のインストラクターの教官の言葉を待った。
教官は私を見て、静かに落ち着いた様子で言った。
「今日あなたの担当の席に座っていたお客様に、あなたはどうやって償いをするのですか」と。
「え?」
声にならない声が出ていたと思う。
「今日あなたのところに座っていたお客様は、支払った金額以上のサービスを受けていません。
ですがすでに降りて行ったお客様に、今さらお金を返すこともできません。あなたはどうやって償うのですか」
シーン、と他の先輩たちも静まり返っていた。
美織は今までこんなことを言われたことがない。
「もう少し周りを見てください」
「もっと笑顔でキャビンを歩いてください」
などは、よく言われているんだけど。
「でも、私は訓練生だし」
決して口に出しては言えないけど、心の中でそう思ってた。
先輩たちはみんなベテランだし、でも私は訓練生だと。
美織が沈黙していると、教官は落ち着いて静かに言った。
「同じ制服を着て機内にいる以上、たとえ訓練生でも、10年目の人と同じだけのサービスができなければなりません。
お客様はCAを選べません。頂いたお金以上のものを返す、それがプロです」
と。
決して激しい口調ではなく、冷静な口ぶりだからこそ、一つ一つの言葉がズーンと心の奥底に入ってくる。
一言も反論できなかった。その通りだからだ。
今まで私は完全に甘えていた。
訓練生だからしょうがない。
私は仕事ができないからしょうがない。
私は不器用なタイプだからしょうがない。
慣れれば私でもできるようになる。
ずっと心のどこかでそう思っていた。
でも訓練生の間も、お客様は本物。
訓練生料金なんてない。
正規の料金を払って乗ってくださっている。
だったら、私は甘えている場合じゃない。
そこから美織は、ようやく甘えを捨てた。
訓練生でも、先輩たちと同じくらいに仕事ができるようになることを目指した。
あの美しく、静かで穏やかな教官に、
あそこまで言わせてしまった。
2度と一緒に乗務することはないかもしれないけど、もしまた一緒にお仕事をすることがあったら、絶対に「成長したね」と思って欲しい。
何より、今日のお客様に申し訳ない気持ちがようやく湧いてきた。
それからは、毎日の復習にさらに力を入れた。
OJTが終わったら、先輩たちに「なんでも言ってください」と言って、
わからないことは、徹底して質問した。
もう入社試験を、一回で合格したプライドなんてどうでもいい。
私があのお客様だったら、
「え、この会社ってこの金額払ってこの程度なの?」
って絶対に思うから。
私は絶対に成長してみせる!!
美織のスイッチが入った1週間がすぎた。
死に物狂いとは、こういうことだなと思った。
そして、美織は一度でチェックに合格することができた。
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エピローグ
他の仲良し4人と、時間を合わせて茉莉花のおすすめの外苑前のカフェに集まった。
「ラインアウトおめでとう!!」
「おめでとう!」
と、お互いにコーヒーと紅茶で乾杯した。
「みんなが頑張ってるのわかってたから、私も頑張れたよ」
茉莉花が言う。
「私も」「私も」
でも全員に涙はない。あるのは、笑顔だ。
その笑顔には、少し自信が見えている。
みんなの顔つきが変わったな、みんな大人になった、
と美織は感じる。
「私は、山本教官の一言で目が覚めた。
あのタイミングで山本教官に会ってなかったら、多分私は落ちてたわ」
と美織が言うと、それを聞いていた茉莉花が、
「もしかしたら、美織が伸び悩んでるってグループの幹部たちが知っていて、一番適任な山本教官をあの日の
インスト(インストラクター)にしたんじゃない」
と言った。
「え、そんなことあるの?」
「やっぱり会社も、採用したからにはちゃんと期間内に一人前になって欲しいじゃん。だから、きっと色んな人たちが情報集めて、伸ばそうとしていると思うよ」
しっかり者の茉莉花らしい推理力だった。
「うん、そうだとしたら嬉しいし、また山本教官と同じフライトになったら、成長したねって言って欲しい」
「そうだね「うん」「うん」
「これからも仲良しでいてね」
「うん。こちらこそ」
「かんぱーい」
全員で、もう一回乾杯した。
それから半年後、美織は山本教官が「寿退社」されたことを知った。
直接お礼を言うことも、お祝いの言葉を伝えることもできなかった。
あの後一度もフライトでご一緒することもなかった。
そしてあれから10年経った今、美織は自分と同じく不器用な後輩たちに自分の訓練生時代の話をすることがある。
すると後輩たちは、「横田さんは、絶対に最初から優秀なCAで、ミスなんてしないと思っていました。横田さんもできなかったと知って、元気が出ました。頑張ります!」と言ってもらえる。
いつまで経ってもあの教えは、色褪せることはない。
私にできるのは、今目の前のお客様を大事にして、いただいたお金以上のものをお返しすること。
それをわすれないことが、あの美しい教官への恩返しだ。
耳の下で切り揃えたボブスタイルの髪を揺らしながら、空港内の電車駅へと急いだ。
了
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