朝の始まり
私の朝はいつもこの匂いを嗅ぐことで始まる。
今日も深く息を吸い込んだ。
「はぁ〜〜〜いい匂い!!!」
そう思いながら、杏菜は毎朝通勤途中に寄っているパン屋さんのドアを開けた。
「おはようございます。今朝も早いですね。」
と店主のおじさんが声をかけてくれた。
パンの香りがしてきそうなほわほわとした雰囲気のおじさんだ。
「いや、こんな時間から焼き立てのパンを並べてお店を開けている方が早いのに…笑」と心の中でツッコミを入れながら、「おはようございます。」と私もあいさつをした。
時刻はまだ朝の7時を少し過ぎたところ。
駅から少し離れたこの住宅街は、人通りもそれほど多くない。
それでもこのパン屋さんは毎朝7時にはお店を開けてくれる。
「もしかして私のためなのかな」と思ったら、ふふっと笑ってしまった。
*
このお店を見つけたのは、ちょっとした偶然だった。
この街に引っ越してきてからというもの仕事と家の往復ばかりであまり他の道を通ったことがなかったから、いつもより早く家を出れた日に一駅先の駅まで歩くことにした。
何となくこっちのほうかなって思いながら歩いていたら道に迷ってしまい、ケータイを片手に駅を探し始めたときだった。
どこからかとってもいい匂いがしてきた。
朝ごはんを食べて家を出たはずなのにお腹の虫がなるくらいのいい匂いい。
その匂いにつられて小道を入ったところにあったのがこのパン屋さんだ。
杏菜は昔からパンが大好きだ。
好きすぎて大学生の頃にはパン屋さんでアルバイトをしていたくらいだった。
テンションが上がらないわけがなかった。
その日から毎朝一駅先の駅まで歩く途中にこのパン屋さんによるのが日課になっている。
ここのパンを買うだけで、お昼がとても楽しみになるのだ。
*
「今日はこれにしよっと♫」
杏菜が選んだのは『イチジクのパン』
このお店のお気に入りのパンたちの中でも常に上位にいるパンだ。
なんとも言えない美味しさなのである。
お会計をし終わると、おじさんがパンの袋を渡しながら
「ありがとうございました。よい1日を」
と笑顔で言ってくれる。
これも毎朝のお決まりだった。
でもだからこそ気持ちいいものがある。
「ありがとうございます。いってきます!」
と私も返事をする。
お店を出ると、自然と足取りが軽くなる。
パンのいい匂いをかぎながら今日の一歩を踏み出した。