夏の訪問と自転車屋さん
午後2時。影を求めて自転車を漕ぐ。
突き刺すような強い日差しというよりは、ぼわんとのしかかる重い日差しといった感じだ。
こんな季節にはできるだけ事務所にいたいのだけれど、訪問や外出をゼロにすることはできない。それでも必要最低限になるように予定を調整する。
共用の自転車はタイヤの空気が抜けていて、振動が走るたびに前輪が平たくなる。自分の体重を乗せて走らせるのが不安だ。
訪問は一人暮らしの50代の女性。
彼女は一日中家にいるのだけど、冷房をつけずに生活していた。
日当たりが悪いからそれほど室温は高くないけれど、倒れて誰も気づかなかったらコワいから付けたらどうかと私は言う。曖昧なうなずき方を見ると聞く気はなさそうだから、せめて水分はちゃんと取るように伝える。
40分ほど話して家を出る。
スマートフォンで近くの自転車屋を探す。
帰り道に1軒見つけ、店の前まで行くとシャッターに「月曜定休」の文字があった。ついていない。
次に近い店を、再びグーグルマップで探す。職場から500メートルほど離れる場所にもう1軒。時間を確認する。次の面談までには15分ほど余裕がある。遠回りしても間に合うだろう。
日陰を選びながら500メートルを自転車で走る。
今度はちゃんと空いていた。「スポーツ・サイクル」? 店の看板と軒下に並ぶスタイリッシュな自転車たちに、選ぶ店を間違ったかと不安を覚える。
それでも店の前でブレーキをかけると、お兄さんと目が合った。「どうされましたか?」。にこやかに話しかけられ、少しどもりながら答える。「あ、えっと空気入れお願いしたいんですけど」。
「お金かかっちゃいますけどいいですか?」
「あ、いくらですか?」
お金取られる方かー。ちょっと嫌だなと思った。
自転車屋って色々で、空気入れ無料だったり、セルフでやるなら無料だけど店員さんにやってもらうならお金がかかったり、一律100円だったりする。
大学の前にあったお店が無料で入れてくれたので、空気入れを自前で持たず、お店でお願いするのがそのまま習慣になっていた。
100円くらいかな。それより高かったらここで入れてもらうのをやめよう。
そう思って聞いたのだけど、お兄さんの返答はちょっと意外なものだった。
「お気持ちで! チャリンといただければ」
えっ、いくらでもいいの?
相場は50円か100円かなと思い、財布の中にあった100円玉を手渡す。
「ありがとうございまーす」
商売なのだからタダじゃやってられないよね。でも原価もなければ労力も少しだし、「お気持ちで」という考え方は悪くない。
職場で共用の物なので、誰にも整備されないままに酷使されていたらしい。
「わー、スカスカですね」とお兄さんは驚いていた。
空気の入った自転車を漕ぐ。
ペダルを軽く踏み込むだけで、すうっと前に身体が進む。
ぼわんと重い空気を切って、事務所までの道を辿った。