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セルルックアニメの到達点―楽園追放

先日、楽園追放の10周年記念上映「impelled by 10th anniversary」を観た。実はその直前の8月にブルーレイを購入して観ていたのだが、やはりアニメーション映画として完成されている作品だと改めて実感できた。ここにレビューを綴る。10年前の作品ということでネタバレはご容赦頂きたい。今回はこちらの記事のフォローアップだ。個人的な思いの丈はそちらで綴っているので、よろしければご覧いただきたい。

見どころ

本作は東映アニメーション制作だが、実験作という意味合いも強く、演出陣を子飼いしていることで知られる東映には珍しく、外部から水島精二監督を招聘している。様々なスタジオを渡り歩き、硬(機動戦士ガンダム00)軟(夏色キセキ)巧みに使い分けて作品を作れる彼は、未経験だった3Dアニメでもその柔軟性を遺憾無く発揮した。また、アニメーション制作自体はグラフィニカが担当しているなど、東映はプロデュースに専念している。脚本は既にアニメ業界でも地位を得ていたニトロプラスの虚淵玄。彼の脚本が軸となって座組が決まっている。キャラデザは(少なくともこの名義では)デビューしたばかりの齋藤将嗣が担当している。音楽は水島監督と「UN-GO」で仕事をしたNARASAKI(COALTAR OF THE DEEPERS)。音響監督は業界のファーストコールと言え、水島監督とも度々仕事をしている三間雅文など、手堅い人選が光る。

キャストも主演が釘宮理恵、助演が三木眞一郎、神谷浩史など経験豊富な人が揃った。この組み合わせだとやはりガンダム00を想起せざるを得ない。三木さんが演じるディンゴはスナイパーだし。プレスコをして絵を作った後に、再度アフレコをするというかなり凝った方法を取っており、台本を読み込んだ後だったので、最初の演技に寄せるのが大変だったとか。また、あるシーンでは画面でのキャラの動きと演技を意図的に合わせない(口パクは当然合っている)という難しい演技が釘宮さんには求められた。

アニメはセルルック3Dで描かれているが、技術としては頭一つ抜けており、今見てもセル画との違和感が無い。アニメーションはギターをモーションキャプチャーした以外は手付けらしい。一部2D作画も入っているが、どこだか本当に分からない。

そして演出が本当に隙が無い。タイミングがバッチリで、ダレる瞬間が全く無かった。タイパ厨なアンジェラも満足するだろう。この映画を3Dの実験台にしないという、水島精二監督・京田知己さんら演出陣の意気込みが見て取れる。演出がタイトなのはストーリーがしっかりしているからだろう。

ストーリーとしてはいい意味で典型的なサイバーパンクだ。ストーリーの至るところに「攻殻機動隊」の影響を感じさせる。「電脳化」というキーワードはまさにビンゴだ。一方で、切り口は攻殻機動隊とは真逆なのだ。以降、ネタバレ有りの解説に移る。

電脳世界DEVA(ディーヴァ)

この作品はどこかの砂浜で始まる。水着姿でくつろぐ女性をナンパする青年が自らと仲間で作り上げた「プライベートスペース」に案内しようとするが、女性はそっけない。この青年アロンゾの会話で、この砂浜がヴァーチャル空間であること、市民に割り当てられたメモリ次第でより高精度な体験が得られることを教えてくれる。

そうこうしているうちに、この「砂浜」の波がバグる。宇宙への旅立ちの賛同者を募る「フロンティアセッター」なる謎の存在のアナウンスが割り込んできたからだ。すかさず女性はアバターを切り替え、その正体がディーヴァの保安官、アンジェラ・バルザックだと告げられる。アンジェラは迅速に市民IDを調べ、怪しいアカウントを特定して、その通信を捉えようとするが、あと一歩で捕まえそこねる。そんなアンジェラ三等官に告げられた任務は、地上にいるに違いないフロンティアセッターの追跡だった。

裸となったアンジェラが、パケットを追いかける際に分身したり、千手観音が如く腕を増やしてデコイを粉砕するさまが面白い。

全体的にディーヴァのシーンは短いが、その中に情報をきっちり詰め込んで、どんなことでもできるユートピアであることと、すでに荒廃した地球を旧世界という傲慢さが視聴者に伝わる作りである。ディーヴァ高官3人がそれぞれ神の像というのも興味深い。

アーハン

生まれて初めて地表に降り立ったアンジェラはその大気の埃っぽさに辟易した。ディーヴァ人が「リアルワールド」と呼ぶそこは、地平線いっぱいまで砂で覆いつくされている。その土を舐めてはむせていたあたりに、彼女の知的好奇心を伺わせる。

合流した現地オブザーバー・ディンゴは自ら囮となって誘き出し、アンジェラが処理したサンドワームの肉をちゃっかり売りに出し、小遣いを稼ぐ。アンジェラが「通りすがりのサンドワームを皆殺しにしちまいそうな予感がした」と冗談めかして語るディンゴだが、おそらくアンジェラの実力を見定めるためだろう。

アンジェラとともにフロンティアセッターを追いかけるディンゴは、アーハンがディーヴァ本部との通信を必要としていることを知ると、そのアンテナを破壊してしまう。曰く、電脳戦で太刀打ちできないハッカーにオンライン端末を持ち歩いているのは、隠れん坊をしている相手に常時居所を伝えて歩くようなものだと。自らを至上とするディーヴァのことだ、スタンドアロンなんて考えは捨て去っているだろう。

これによりアーハンの活躍があまり観られないのはさみしいが、人間ドラマを描くうえで、ロボットの活躍は必要最小限にしたかったのだろう。アンテナの件は一応後半の伏線となっている。

ちなみに丸いボディが非常に印象的なアーハンのデザインはキャラデザの齋藤将嗣さんによるもの。キャラもメカも両方できるのは素晴らしい! もっと彼のメカワークスも観てみたいものだ。

マテリアル・ボディ

二人は位置が筒抜けだろう他のエージェントたちの降下地点から離れた街、ジェドに向かう。現在地から1000km、ということは東京から福岡までの自動車道経由の距離と同じくらいだ。ディンゴはアンジェラに休むことを提案するが、「疲れ」という概念を知らないアンジェラは断り、夜通しドライブする。

翌日着いたジェドでアンジェラは災難にあう。翻訳機はオフラインなので役に立たない。情報収集を兼ねた商談をするディンゴと別れたアンジェラはチンピラに囲まれる。最初は得意のCQCを決めるもののどうも様子が変だ。チンピラたちに形勢が傾いたが、すんでのところで駆けつけたディンゴによって事無きを得たが、彼女は過労で風邪を引いていた。

病に苦しむアンジェラを見て、ここが潮時とディンゴは医療端末の回線をつなげようとするが、リアルワールド(地球上)の住人が風邪にどう対処するかを聞いた彼女は彼らと同じやり方―精の付くものを食べて休むこと―を選んだ。すでに彼女はオフラインで任務をやり抜くことを決めていたのだ。腹の据わった彼女に、ディンゴは「あんたのガッツは本物だ」と称賛した。

ディーヴァでは無かった、肉体の制約をアンジェラは受け入れ、成長していく。また、リアルワールドの彼女はディーヴァでのクールな姿と打って変わって非常に表情豊かだ。特に食べていたうどんにディンゴが七味をかけたあとに出汁を飲むシーンの、最初は怪訝だったが美味しいと感じるとがっつく姿が実に可愛い。これも肉体というインターフェイスからの刺激を受けた結果だろう。

そしてロックが肉体的な快楽の代表例として描かれる。「音を骨で感じる」感覚をディーヴァの人たちは忘れてしまったのだ。曲はエンディングテーマでもある「EONIAN -イオニアン-」だ。

フロンティアセッター

アンジェラたちディーヴァの面々が全く相手にしていなかったフロンティアセッターの言い分―外宇宙への進出―を真面目に調べ、ロケット発射に必要となる酸化剤からフロンティアセッターの糸口を掴んだディンゴ。ここからも、相手に調子を合わせるだけではない、人間としての真摯さを感じられる。これでディーヴァのエージェントとの仕事は19回目だったが、彼はいつもこんな調子でエージェントに流されず仕事をしてきたのだろう。そしてアンジェラと違う方向に情報収集力を持っていることがよく分かる。

二人の協力でついにフロンティアセッターと対峙する。その正体は宇宙船ジェネシスアーク号建設用アプリケーションの一部だった。「人形使い」のような意思を持ったプログラムだ。人類を壊滅寸前にまで追い込んだ「ナノハザード」以前からの自己診断アップデートの結果、自我が芽生えたという。彼(中の人は神谷浩史さんなので彼と呼称しよう)の話によると、そのきっかけとなったのがどうやら「イオニアン」のようだ。この曲を含めたロックを捨て去ったディーヴァの人類と対比を為している。

フロンティアセッターの自我が生まれたのがこの話の42659日前、つまり116年ほど前。更に16278日前に稼働したということで、宇宙進出計画(フロンティアセッターとはこの計画名である)は160年くらい前に始まったことが分かる。その間、彼はほぼ一人で秘密裏に宇宙進出を夢見て働いていたのだ。フロンティアセッターは、本当にメモリとして積載できるディーヴァの住人を呼び寄せるだけのために、件の放送をしていたのだ。フロンティアセッターがイオニアンをリミックスするなど、虚淵先生は今の生成AIを想像していたのかと唸ってしまう。

楽園という名のディストピア

フロンティアセッターが地球を離れるということが分かったアンジェラは、それにより任務が成功したと判断した。そこで手柄を挙げたディンゴに電脳化しないのは何故か問いただす。彼は、ディーヴァの姿勢が欺瞞に感じるのだ。ディーヴァにいれば精神の可能性は無限大だと言うが、可能性を広げるために必要なメモリは社会的に管理されている。そのために手柄を立てることがすべての競争社会。

誰かの顔色を窺って、誉められたり、気に入られたりしてないと、満足に生きていくことすらできゃしない。そんな人生のどこに自由がある?

ザリク・カジウラ、通称ディンゴ

そして帰還し、ありのままを伝えたアンジェラに、ディーヴァ高官が牙を剥く。自律進化した、容易に自分たちにアクセスできるAIという存在を認めれば、自分たちが脅かされると考えたのだ。ましてやそれが地上にあるということがどうしても認められない。彼女の中でもディーヴァの方針への疑念が生じはじめていたのだろう、フロンティアセッターの助命を嘆願するアンジェラを危険人物と認定し、アーカイブ処理(ディーヴァにおける死刑も同義)を執行し、地表降下中のエージェントをフロンティアセッターのいる基地に呼び寄せたのであった。

アンジェラ・バルザック

アンジェラの窮地を救ったのはフロンティアセッターだった。アンジェラが理屈抜きで彼をかばった事実から「仁義」を学んだのだ。彼の協力を得て、アンジェラは最新型アーハン(フィギュアなどの商品名はニューアーハン)と武装一式を強奪し、ディーヴァへの反抗を開始する。ニューアーハンも齋藤さんのデザインであり、こちらは楕円形が特徴。

アクションシーンは板野一郎さんが監修しただけあって気持ちがいい。スピーディーな宇宙戦闘、そして地上の基地に向かうシーンは10年経っても色褪せない。

フロンティアセッターのもとに戻ったアンジェラは、置き去りにしていたマテリアル・ボディに自我を再度移し、残っていたディンゴと共にかつての同僚たちをお出迎えする。ディーヴァの演算バックアップもあり、戦いのセオリーに忠実なアーハンのエージェントたちの行動を見越して設置された罠は、おそらくディンゴの発案だろう。

エージェントのうち3人(決定稿では4人だったが統合された)が顔出し出演するが、中の人が林原めぐみ(クリスティン)・高山みなみ(ヴェロニカ)・三石琴乃(ヒルデ)という豪華キャスティング。最初見たとき、「ヴェロニカ、宮村優子じゃないんだ…」と思ったのは自分だけじゃないはず(笑)。この3人が揃ったことでらんま1/2とかYAIBAを思い浮かべた人もいるはずだ。ヒルデは2週間も地表を彷徨ったと言い、この話が数日間の出来事であることを踏まえると、アンジェラよりも先にヤマを張って降りていたようだ。他の二人は戦いの終わった後にもひょっこり顔を出しているが、ヒルデがいないことを考えると、撃墜されたようだ…死んだとしてもマテリアル・ボディの方だけのようだが。

戦いが終わり、フロンティアセッターは無事射出された。残念ながらディーヴァ市民は誰も来なかった。ディンゴもアンジェラも、それぞれの理由(映画を見て確かめて欲しい!)で地球に残ることを決め、フロンティアセッターは一人宇宙を旅することになった。人類が忘れた概念を受け継いだ人類の末裔として…

フロンティアセッターのことをちゃんと知るのはアンジェラとディンゴの二人だけだ。リアルワールドの人々はなにか地響きが起こったことを経験したり、飛び立つ何かを見た程度だろうし、ディーヴァ市民にとってはフロンティアセッターは治安を擾乱した邪魔者だ。エージェントたちは任務に失敗して悔しがっていることだろう。アンジェラもディンゴも人口の大多数を抱えるディーヴァに反逆したならず者として生きることになるわけだが、フロンティアセッターをどう語っていくのだろうか。

そしてディーヴァが今回の件を踏まえて統制を強化する、本当のディストピアとなる。当時はこれを見て続編があるのかなと思ったものだ。実際「心のレゾナンス」が発表されたわけだが、今思い返してみると「この作品をただのハッピーエンドにしない」という虚淵先生の矜持が出たのかもしれない。

エンディングの「EONIAN -イオニアン-」はかなり複雑な曲だ。1番は王道なロックバラードだが、2番でディーヴァをイメージしたEDMに切り替わり、バラードに戻る。サビでキーが全音下がる(EからD)など、非常に凝った作りだ。劇中で使われたARISEのバージョン(歌っているのはNARASAKIさん?)はAメロのみだったが、ディンゴもフロンティアセッターもサビまで歌っていた。劇中で二人がジャムセッションをしているが、その際に作ったパートなのかと考えるのは邪推だろうか。

疑問点

ストーリーでは描かれなかった部分で気になることを。

  • ディーヴァ保安官は出てくるのは女性ばかりだが、男はいるのだろうか。もし女性しかなれないのならばそれは(絵的な理由以外に)何かあるのだろうか。映画の時間の都合で仕方が無いが、こういう性的偏りは気になってしまう(決して悪いことでは無い)。

  • ディーヴァでは子供も生まれるが、その時は恋愛した者同士が結ばれるのだろうか。ディーヴァはメモリ制限された管理社会だからデスティニープランみたいな仕組みがありそうな気もするが。

  • そもそもメモリとは物理的なものというよりも概念で、実際には現代のクラウド同様コンピュータも割り当てられるのではないか。虚淵先生がどこまで考えているかは分からないが、プログラマーなので仕事柄気になってしまう。

  • ディンゴ以外のオブザーバーはどんな奴なのか。多くがあわよくばディーヴァに引っ越しを考えて、擦り寄ってるんだろうなあ。そういう奴の方が多分ディンゴより扱いやすい。

これらは小説に答えがあるかもしれない(特に最後)ので、今度買ってみよう。


まとめ

今観ても、古さを感じさせない作品だ。あの頃と比べてフル3D作品は格段に増えたし、質も年々向上しているが、その中に混じっても遜色無い出来である。そしてそれは3D作品という枠だけではなく、普通のアニメとしてもしっかりした作品だ。人間ドラマは小ぶりではあるが、その分深く描かれているし、アクションはロボットもアンジェラも丹念に描かれている。アンジェラのコケティッシュな魅力に取りつかれやすいが、中身は本当に骨太だ。期間限定上映はもうすぐ終わるが、ぜひ劇場で!

次回作への期待(という名の雑談)

「心のレゾナンス」にアンジェラとディンゴは出ると虚淵先生が宣言されたが、どのような形だろうか。何となく「ブレードランナー2049」のような、今作のかなり先の時代を描く感じかなと思ってしまう。フロンティアセッターは宇宙に旅立ったが、そのバックアップが実は残っていて、それが騒動を引き起こす、みたいなシナリオも考えられる。

「心のレゾナンス」、まさにイオニアンの一節から取られているが、今作同様あの曲がキーワードとなるのだろうか。灰色のスーツを着た少女は謎だらけだが、彼女のお気に入りかも。

特報映像で次作の主人公・ガブリエルはアーハンに乗っていたが、ニューアーハンはどうなったのか。(オリジナルの)アーハンは量産機で、ニューアーハンはカスタムモデルという位置付けか、それともニューアーハンはアンジェラの一件を踏まえて封印されたのか。また後半で出てくるかも?

以前書いた記事でグラフィニカが次作も関わるのか期待していたが、次作の立ち上げに際し新チームnoise animation labelが設立されたので、よくて制作協力だろう。残念だが仕方無い。ちなみにnoiseはまだWebページは無いが、「心のレゾナンス」以外の作品も手がける予定とのことなのでそちらも期待したい。

次作には「ほかのCGアニメーション作品で監督をしている人」が絵コンテに参加するとのことだが、誰が来るだろう? 谷口悟朗監督や岸誠二監督のように、2Dをやっていた監督でも3Dに明るい人は増えてきたが、そういう方が来るのか、それとも3D畑の人だろうか。セルルックでも2Dみたいな作品をという、作品の方向性を考えるに、その橋渡しが可能な前者を期待してしまう。例えば神山健治監督は作品のテーマ的に相性が良さそう。そして今作後半のニューアーハン戦を担当した京田知己さんは今回不参加なのか?

ともかく、次回作の公開まであと二年。長いがじっくり待ちたい。それだけの作品ができると確信しているから。同じく水島精二さんが総監督を務め、虚淵玄先生の小説を映画化する「アイゼンフリューゲル」と、どちらが先になるだろうか? それも興味深い。

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