たのしいことだけずっとやろう『生きのびるための事務』
こんにちは。長津です。おもしろい本を読みました。
いい本って読み終わった後「いてもたってもいられず行動してしまう本」だと思っています。また、「他の本をひっぱりだしてもう一度読みたくなる本」も、同じようにいい本の条件なんだと思っています。
ぼくはこの本を読んでたくさんの本が読みたくなり、本棚からひき出してきて、この本と一緒に枕元に並べました。せっかくなので、記事の後半でそれらの本たちもご紹介します。
『生きのびるための事務』はいい本です。事務ってぜんぜんおもしろくないわけで、当初は事務がテーマの本もおもしろいわけがないだろうと思っていました。帯に書かれた言葉になんとなくこころ惹かれて手に取ってみたら、予想以上に自由な気持ちになる本でした。
自分が知っている事務とはちがうことが書いてある本なのかもしれない。わくわくしながら手にとって一気に読み進めました。
建築家・作家・アーティストと、ひとつの肩書きに縛られない生き方をされている坂口恭平さんの原作を、道草晴子さんが漫画にしている書籍です。
あらすじ
登場人物は、大学卒業後に就職せずに「無名のビッグマウス」だったころの坂口さん。そして、事務についてずっと研究してきた謎の居候ジム。
ひとりで創作活動をはじめて、社会と向き合いはじめた頃の坂口さんはジムから「事務」を教わった。ジムは坂口さんのイマジナリーフレンドであり、執筆/絵画/音楽など創造的な活動=「仕事」を行う自分から切り離された、「事務」をする際の別人格のようなものだったと最後に明かされます。
物語は主に、教わる坂口さんと教えるジムによる会話劇で展開します。1人の人間の頭の中で行われた葛藤の表現なのだから、たしかに漫画で描くのが最もふさわしいカタチなのかもしれません。
ここでいう「事務」は、一般的に言われるような、経理・総務のカタい「事務仕事」のことを表しているわけではありません。
アーティストが創作活動を継続するのに必要な「時間の管理」と「お金の管理」の方法のことを、ざっくりまとめて「事務」。ジムが教えてくれる「事務」は、アーティストの抽象的な想いやイメージを数字や文字に置き換えて「具体的な値や計画」として見える形にする技術のことなのです。
アーティストは「生きのびる」ことが問題
好きなことをずっと継続して食べていくために、坂口さんには「事務」が必要でした。
アーティストには「継続」の問題が常につきまといます。そもそも「自分だけのテーマにずっと取り組みながら」「サバイブしていく」ということは、どんな人にとっても簡単なことではありません。
現実の生活の問題や、評価の問題、メンタルヘルスの問題などで、ぼくの友達のかつて天才だった人たちや、神童だった人たちが、同じような形に整えられて見る影もなくなってしまいました。
「才能」という言葉は、たまたま持って生まれた能力のような意味で誤用される場合が多いように思います。正しくは、好きなことを、ずーっと好きなまま継続したことによって身につけた能力が、結果としてその人の能力や存在を形づくったということが「才能」なんだと思います。生まれたときに偶然もらうプレゼントではなくて、しっかり生きた必然の結果としていただいた祝福こそがギフト=才能ということです。
好きなことを好きなまま続けるためには、現実的な環境を構築をする必要があります。だからこそ創作に没頭したい人こそ「事務」をやってみる価値があるのかもしれません。
時間の管理について
ご興味がある方は、詳細はお読みいただくとして(漫画なのですらすら読めます)。エッセンスをぼくなりに箇条書き。
創作の分野が多岐にわたる坂口さんの場合、5:00〜9:00に執筆(4h)、10:00〜12:00に絵を描く(2h)、13:00〜17:00に作曲(4h)、17:00〜19:00にたのまれ仕事(2h)をやって、21:00〜翌5:00まで8h寝るという「将来の現実」の予定を立てました。もちろんルールに従ってそれ以外の時間も好きだと思うことだけで埋められています。
最初に明確化した「現在の現実」では、5:00〜9:00の間は読書していたところを、「将来の現実」に書いてある執筆の時間に切り替えて、あくる日から書く、それを毎日繰り返すということになったわけです。そういうのをひとつづつつぶしていく。
なんとなくの想像を具体的に書いてみて、それを毎日できるように調整すること。それが、ここでいう「事務」ということになります。
一般的な「事務」とは少し違うことがわかってきます。好きだからこうしたいと決めた現実的な段取りを、習慣として粛々と毎日続けることが「事務」という言葉に含まれているということに気づきます。
ストロングスタイルだけど、まぁそれ以外ないよねぇ…と、清々しく苦い気持ちになりました。
お金の管理について
時間の管理と同じように、お金に関しても「事務」していきます。
坂口さんはなんとなく1,000万円あったらいいな。というところから思考をはじめます。手順に従って、1,500円の本を10,000部売って、印税10%だったら150万円だよな…という風に、自分が決めた活動から生み出されるものを具体的なお金に換えていき、1,000万円を目指していきます。
将来の現実のスケジュールだったら年間4冊は書けそうだから「600万円」
1ページ30,000円のたのまれ仕事を3社分/月やれば、1年間で「100万円」
1回50,000円もらえるトークショーや歌のライブを20回やって「100万円」
90,000円の絵を24点売れば「216万円」
逆算からの因数分解という感じなのですが、「いくらのものをいくつ売ったらいいか」という「数」に換算して検討するところが、アーティストの感覚でおもしろいなと感じました。ぼくは過剰に時間あたりの給料(人月とか時給とか)でものごとを考えるやり方に慣らされすぎてしまったんだなと感じました。
会社では、働いた時間分給料が払われるというのが普通だけど、たしかに好きなことを仕事としてやっている時間には、だれもお金を払ってくれるわけではないわけで。活動によって生み出されたものを売る必要があるんだよなと、当たり前すぎることに気づきました。
事務がもたらす効果
漫画の中で坂口さんは最初はジムが話すことを少し疑っていました。つまり、純粋な日々の創作活動の中でそのようなことはあまり考えたくなかったことなのかもしれません。
抽象的な考えを具体的な値や言葉にすることで、創作活動は方向性と推進力をもっていきます。
「事務」に駆動された創作活動を続けることによって、漫画の坂口さんは社会や世界と繋がりの手応えを感じはじめ、やがて想像してもみなかった成果が、連鎖していきます。
漫画の外の世界では、だれもがみな成功するわけではないと思いますが、自分の行為を素直に信じ、自信やモチベーションに左右されず、「事務」を正しく遂行することで大きな成果が出る。自分の好きなことを好きでい続けることが大切です。
自分のためだけの重要な問題に取り組もう
坂口さんにとっての「事務」は、創造的に生きる人にとってのフィジカルでプリミティブ(で、フェティッシュ)な方法論だと思います。
2024年。ビジネスでお金を稼ぐための人間の能力を、AIにおまかせしていく未来が目前にせまっています。「仕事してるフリしてるだけの仕事」とか「別に俺じゃなくてもできる仕事」とかがもうすぐどんどんなくなっていきます。
多くの人が、朝から夕方までの時間はりつけになっているビジネスの世界で、今後巨大な変化が起こるはずです。自分がやっていた仕事がAIにとって変わられてしまい、1日中が自由に使える時間になってしまう人も出てくるし、1週間かけてやっていた仕事が1時間でAIがやってくれるようになることで、お金を稼ぐために使っていた時間が短縮される人も出てきます。
ネガティブにもポジティブにも、空いた時間で「好きなことをやろう」と思う人が増えることになるわけですが、AIによる時間あまり時代の潮目のタイミングでこの本を読んだことに、何か特別な意味があるように思うのです。
「大人になったら朝から夜まで働いてお金を稼ぐ」というジョーシキに、さして疑いを持つことなく、少し無防備にやってきてしまったのかもしれないな。と、反省しています。もともとたのまれ仕事をこなしてお金をもらうことは、好きなことをするための手段だったはず。
すべての人に役に立つ本なのかどうかはわからないけれど、ぼくはこの本を読んで、「自分だけにしかできない重要な問題に取り組もう」と、あらためて思いました。
おまけ 『生きのびるための事務』を読んで、すぐに読みたくなった本
読書感想文は以上ですが、ぼくはこの本を読んだあとにたくさんの本を読み直したくなりました。
そもそもぼくの本棚には、ビジネスマン向けのビジネス書があんまりなくて、坂口さんの本のように「アーティストや達人や職人の方たちが、後進のために書いた本」がたくさんあることを思い出したのです。
ぼくと同じように、自分のためだけの重要な問題に取り組もうと思っている人たちのために、ぼくが本棚から引きずり出してきた本たちをおまけとしてご紹介しておこうと思います。
村上春樹は、朝はやくランニングした後できっちり1日10ページ毎日原稿を書いているらしいです。
チェスの神童はいかにして方法を学んだか?そしてその習得に至るまでの方法論をいかにして、まったく別の分野の習得に活かしたか?
グレートフル・デッドのジェリーガルシアによるドロップアウトの講義。超グッドバイブス。
ナードとハッカーの美学。誰もがあたりまえと思っているルールに従わず、普通じゃない結果をもたらす思想。
好きなことをずっとやるということは、不安と戦うということだ。
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