映画『炎628』 ウクライナ戦争にも影を落とす歴史の闇を映した戦争映画
『炎628』1986年‘ソビエト連邦・モスフィルム
原題:『来たりて見よ』
監督:エレム・クリモフ
脚本:アレシ・アダモヴィチ、エレム・クリモフ
出演:アレクセイ・クラヴチェンコ、オリガ・ミローノバ - グラーシャ、リューボミラス・ラウウチャビシウス
★ウクライナ戦争にも影を落とす問題作
①『炎628』という映画
『炎628』は1986年に公開されたソビエト映画で、独ソ戦勝利40周年記念の一環として制作された映画でもありました。
新鋭の映画監督エリム・クリモフによる徹底したリアリズムとシュールレアリズムが交錯する斬新な映像表現で、今も高い評価を受けている反戦映画です。
ここでは映画を中心に、現在も継続中のウクライナ戦争にも関係するこの映画の背景をお話ししたいと思います。
物語は独ソ戦によってドイツ軍に占領されたベラルーシを舞台に、蛮勇からパルチザンに参加したしようと戦場に赴いた少年がドイツ軍による恐ろしい虐殺事件に巻き込まれるというものでした。
1943年3月22日に実際に起こった、ベラルーシのハティニ村の虐殺事件、いわゆるハティニ村虐殺事件を少年は目撃することになります。
映画『炎628』で描かれたハティニ村事件の様子はおよそ次のようなものでした。
ハティニ村にやってきたドイツ軍のナチス親衛隊部隊は暴虐の限りを尽くします。
村人を納屋に閉じこめて周囲から銃撃し、手榴弾を投げ込み火炎放射器で火を放ちます。
映画では主に子どもがその犠牲になるところが強調して描かれます。
この虐殺シーンの壮絶さはそれまでの、ナチスの戦争犯罪を描いた作品のなかでは傑出したリアリズムによるもので、とても文字で表現できるものではありません。
虐殺される村人よりも徹底的に加害を行うドイツ人側に焦点がおかれます。
酒を飲み、笑いながら銃を乱射する者、耐えられず涙を流しながら銃撃する者、気分が悪くなって嘔吐する者……カメラは暴虐を行うドイツ人という人間の一人一人を、暴力集団のなかに配置して壮大なカオスとして描きます。
主人公の少年はドイツ親衛隊員に捕えられ、記念写真に参加させられたのち、戯れに解放されます。
虐殺のあと、パルチザンに捕えられたナチス武装親衛隊の将校たちを少年はハティニの虐殺者だと指弾します。
パルチザンに、なぜ子どもを殺したのかと詰問された親衛隊将校は、共産主義者を絶滅させるには子どもを根絶やしにするのが最も手っ取り早いのだと言うのでした。
②なぜプーチンはウクライナをナチスだというのか? 『炎628』の真実
この映画のなかで、ハティニ村虐殺を行ったのは、ナチスドイツの武装親衛隊の部隊で、構成員はドイツ人たちだということになっています。
しかし、実際には村を襲撃したのは第118旅団でした。
この第118旅団は独ソ戦で占領されたウクライナのキーウ(キエフ)で1942年の春に編成された部隊です。この舞台の目的はベラルーシのパルチザンとユダヤ人を絶滅させるというものでした。
ドイツ軍の部隊ですが、メンバーはウクライナ人を中心に、反共ロシア人、ベラルーシ人によって構成されていたのです。
ウクライナもベラルーシもソビエト連邦の一部であり、ハティニ村の虐殺をウクライナ人やベラルーシ人、ましてやロシア人も混ざっていたということは都合が悪く、長きにわたって伏せられていたのです。
そのために『炎628』でもこれはドイツ人による襲撃という形になったのです。
もともと、ウクライナとロシアは対立関係にありました。専制統治を好むロシア人の気風と、自由独立の政治を好むウクライナ人とでは水と油で、何世紀にもわたってくすぶる対立関係がありました。
独ソ戦が始まってドイツ軍がウクライナに侵攻すると、ウクライナの多くの人びとがソビエトの圧政かの解放してくれる軍隊としてドイツ軍を歓迎したのでした。
歴史的にもウクライナでは反ユダヤ主義もあり、ソ連に対抗する反共主義とも相まって、ウクライナはナチスドイツにかなり協力した側面がありました。
「敵の敵はわれわの味方」という構図です。
ハティニ村虐殺事件だけでなく、ウクライナ人の親衛隊員はアウシュヴィッツなどの絶滅収容所にも、『戦場のピアニスト』でお馴染みのワルシャワゲットーにも、ソ連領内でのユダヤ人を虐殺する部隊にも大量にいたのです。
1978年に放映されたCBSのテレビ映画『ホロコースト戦争と家族』にもナチス親衛隊のウクライナ人部隊やウクライナ人の親衛隊員が登場しています。
第118旅団は、ドイツの刑務所に収監されていた犯罪者で構成された悪名高いディルレヴァンガー親衛隊師団とともに、ベラルーシの村を襲撃しつずけ、627の村を絶滅させ、ベラルーシのユダヤ人をことごとく虐殺したことが伝えられています。
犠牲者は35万人とも伝えられています。
ソ連時代にウクライナの関与が隠されたために、この戦争犯罪は映画『炎628』同様にドイツ人の単独犯行とされてきたため、ウクライナも、この戦争犯罪に関する戦後処理を行わなかったという経緯もあります。
ロシアによるウクライナ侵攻は現在の国際社会のなかで許される者では到底ありませんが、プーチン大統領が主張する「ウクライナのネオナチに勝利するための侵攻」という偽れるプロパガンダには、実はこのような歴史的背景があるのです。
ですから、ゼレンスキー大統領が「私はユダヤ人だから、ウクライナがナチスであるはずがない」と言っても、歴史的にはナチスに加担していたことは変わりません。
しかし、この事実を日本ではほとんど報道されることもありません。
プーチン大統領が、この事実を曲解で利用していることには変わりませんが、国際情勢や国家の構成によって、歴史の伝え方が変わってしまうこともあるのですね。
映画『炎628』は、ハティニ村虐殺事件の証言者であり、同時にソ連の歴史改竄の証言者でもあります。
ベラルーシのパルチザンやユダヤ人を絶滅させるという目的は、ソ連の共産主義者を絶滅させるというものに映画ではすり替えられてしまったのです。
ウクライナを劇の外におき、ハティニ村虐殺が、ドイツの単独犯行による戦争犯罪という視点もある種のプロパガンダであったわけです。
しかし、いまは180度反転して、プーチン大統領の戦時プロパガンダに利用されているのが「いま」なのです。
私たちが戦争映画を観るとき、こうした現象もあるのだということは、ちょっと心に留めおきたいところです。
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