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『英語教育』11月号の連載「アジア文学への招待」第二回が掲載されています。

高校生にもおすすめのアジアの小説を紹介する「アジア文学への招待」の連載。第二回では呉明益『自転車泥棒』(天野健太郎訳、文藝春秋)を取り上げました。新しい世界文学の不朽の名作ですね。

誰かから物を受け継ぐということは、記憶を、物語を手渡されることでもある。そして、その継承によって、過去は現在に蘇り、未来を作る――。台湾を代表する作家、呉明益の『自転車泥棒』はそのことの切実な意味を描き上げる小説です。

ここでは自転車がそのための大切な媒介をはたします。父親とともに失踪した自転車を捜索するうちに複数の人たちの記憶がからまり、一つの見事なまでに美しい織物を編んでいく。書評の最後に僕は次の文章をおきました。

この作品の文学的な深さは、父親の失踪を知った〈ぼく〉が、父親じたいを探すのではなく、自転車を求めるところにあるのだと僕は思います。家父長制の根強い社会にあって、絶対的な主人を見つけ出すのではない。自転車を探すということは、記憶、すなわち、現在を築き上げる時間の情景を探し求めること。〈ぼく〉や家族、あるいは、作中で出逢う人々の個人的な記憶が互いに結びつくことで、それが社会的な記憶として呼び覚まされる。台湾の社会の下層に眠る、未来を照らすために大切な記憶。その継承の一つの豊かな在り方を、呉明益『自転車泥棒』という読み継がれるべき傑作はいま、僕たちに示してくれているのです。

ぜひ、書評も本作もぜひお読みください。

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